第4話 玲愛の正体
「え、待って? なんで浅海ちゃんがここに!? そもそも姫野って名乗ってなかった!?」
「浅海はあのときのパパの名字。二番目のパパね。姫野はママの名字だから」
「あー、そういうことか……それにしてもずいぶん大きくなったな。全然分からなかったよ」
「そりゃあのときは十歳だったから成長するよ」
言われてみればあの頃の面影が残っている。
黒目がちな大きな目も、ちょっと生意気そうな口許も、よく動く眉も、もちろん目尻の泣きぼくろも。
どこかで会ったことある気がしたのはそういうことか。
「いやぁ、ごめん。全く気付いてなかった」
「結婚するって約束したくせに……」
「ん?」
「な、なんでもない! とにかくあたしは前から茅野さんのこと知ってたの」
「でもなぜ今の住所まで知ってるの?」
「茅野さんの実家に聞いたの。大学生の頃、実家に住んでたでしょ。私も場所を教えてもらってたから知ってたの。で、来てみたら奥さんらしき人が茅野さんじゃない男を家に連れ込んでいて、思わず隠し撮りしたってわけ」
「そういうことか。ていうか、うちの親も簡単に教えるなよな」
「何回か張り込んでいるうちに浮気をするのは水曜日だって気が付いて」
言われてみれば昨日も水曜日だった。
「ん? ちょっと待てよ? ていうことは昨日も?」
「奥さんが逃げていくところも見てたよ」
「マジかよ……」
今さら格好つける気もないが、一部始終を見られていたと思うと恥ずかしい。
「で、これはチャンスと思って、泊めてもらいにやって来たっていうワケ」
「なにがチャンスだよ、まったく」
呆れながら笑うと玲愛もしてやったりの顔で笑い返してきた。
その顔は確かにキャンプ場で見たあの少女の顔だった。
玲愛の動画を見て舞衣が繰り返し浮気をしていたという事実を知ったのに、もうなんだかどうでもよくなって怒る気力も失せていた。
「いやぁ、それにしても懐かしいなぁ」
正体不明の女子高生だと思っていたが、何者なのか分かると急に親近感が湧くから不思議だ。
「でもそれならそれで、なんで最初に言ってくれなかったんだ?」
「思い出して欲しかったからに決まってんじゃん」
玲愛は拗ねたように口を尖らせる。
「十年近くも前のことだぞ? あのおてんばな浅海ちゃんがこんなに成長していたら普通気付かないって」
「お、おてんばじゃないし!」
「覚えてる? ターザンロープで遊んでたら落っこちて怪我したこと」
「……忘れるわけないじゃん」
「足擦りむいて、捻挫して、俺がおんぶしてテントまで連れて帰ったんだよな」
それまで元気一杯だったのに大泣きして、しばらくまともに喋らなかった。
慰めるのに相当苦労したのを今でも覚えている。
それから妙に懐かれて大変だったっけ。
「それだけちゃんと覚えてるならあたしのこともすぐに思い出してよね、バカ」
「無理だって。あんな活発な女の子がこんな美少女になってると思わないだろ」
「び、びび美少女? あたしが?」
「どう見ても美少女だろ?」
まあ中身は相変わらずこどもっぽいし、お淑やかさの欠片もないけど。
「そ、そっかぁ。ふぅん」
「そんなことより家出とか帰るところがなくなったっていうのも嘘なのか?」
「それはほんと。まぁ、居づらいから自分から出てきたんだけど」
あの頃から苗字が変わっているところから考えても、玲愛にもいろいろあるのだろう。
「気持ちは分かるけど、やっぱり帰った方がいい。勝手に出てきたならお母さんも心配してるだろ?」
「うっさいなぁ。そういうのいいから」
「よくないだろ。お母さん、心配してるぞ?」
「あたしがいたら向こうも幸せになれない。あたしはあたしで自由に暮らしたい。Win-Winの関係でしょ」
「どんな事情があるのかは知らないけど、ちゃんと話をするべきだ」
「はいはい。じゃあそのうちね。それよりお腹空いた! ご飯食べよう!」
玲愛は逃げるようにキッチンへと向かっていった。
夕飯は肉団子の甘酢あんかけ、なすの煮浸し、サラダだった。
しかもそれがやたら美味しい。
「ごめんね。冷蔵庫にあるもので作ったから方向性ブレブレで統一感なくて」
「いや、すごいよ。よくこれだけのクオリティのもの作れるな」
「まぁねー。家事全般得意だし。頭はバカだけど」
「それは見てればなんとなく分かるよ」
「マジで!? あたし友だちからは家事出来なさそうって言われてんのに! 茅野さん、人見る目あるね!」
やっぱりバカなのは見たまんまで間違いなさそうだ。
それに俺に人を見る目なんてあるわけない。あれば一年で浮気する女となんて結婚しないだろう。
「明日は食べたいものリクエストしてくれれば作るし!」
「じゃあハンバーグ! とか言うとでも思ったか? 明日はない。ちゃんと出ていけよ」
「ノリ悪っ!」
「ノリで女子高生なんて泊められるかよ。通報されたら捕まるぞ」
このご時世、そんな危険なこと出来るはずがない。
「あ、じゃあ付き合っちゃおうか? 恋人なら許されるっぽくない?」
「傘貸してやるから今すぐ出ていくか?」
「真剣に言ってるのに! あたし、茅野さんだったら付き合ってもいいけど?」
妙に目が真剣だったので慌てて逸らす。
「そういう問題じゃない。高校生ならちゃんと家に帰れ」
「そんなこと言っていいの? あたし、奥さんの証拠動画を持ってるんだよ?」
玲愛はにやりと笑いながらスマホを翳してきた。
別に証拠なんてなくても離婚は必ずする。
でもそういった証拠があれば舞衣を黙らせる力はあるだろう。
それに色々と事情を抱えていそうな玲愛は本当に行く場所がなくて困っているのかもしれない。
俺が追い出したことで危険な目に遭わせたら可哀想だ。
「ちっ……しょうがないな。じゃああと少しだけ置いてやるよ」
「ほんとっ!? ありがとう!」
玲愛はぎゅっと俺に抱きついてきた。
「お、おい」
……それにしてもやっぱこいつ、おっぱい大きいな。
あまりむやみに抱きつかないで欲しい。
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