第17話 ファッションビッチのファーストキス

 お客さんの付き合いでお酒を飲んでいたらすっかり帰りが遅くなってしまった。

 酒は弱いのでふらふらだ。

 おぼつかない足取りで、帰巣本能だけでなんとか家まで帰ってきた。

 もちろん帰りが遅くなることは玲愛に伝えてある。



 玲愛は既に寝ているだろうから静かに玄関を開け、足音を立てずに廊下を歩く。

 俺が帰ってきたとき暗いと寂しいと思ってくれたのか、電気はつけたままだ。


 ダイニングに行くとテーブルに手紙と皿が置かれていた。


『お仕事お疲れさま!

 お茶漬け用意しておいたよ

 あなたの可愛いレイアちゃんより』


 自分で可愛いとか言うな。

 声を出さずに笑い、冷飯にお茶を注ぐ。

 漬け物に梅干し、塩昆布というシンプルな組み合わせが疲れた胃や舌に嬉しい。


 ガチャ……


 リビングのドアが開き、下着姿の玲愛がバスタオルで濡れた髪を乾かしながら入ってきた。


「へ?」

「きゃああっ!」


 玲愛は悲鳴を上げながらその場にしゃがむ。


「ご、ごめんっ!」

「も、もう! 帰って来たなら『ただいまー』とか声かけてよね!」

「寝てるのかと思って」

「えっち! 変態!」


 玲愛は縮こまりながら部屋を出ていく。

 いつも扇情的に煽ってくるくせに恥ずかしがるんだな。

 ややこしい奴だ。

 そういう俺も心臓ばくばくで一気に酔いが冷めてしまった。


 パジャマに着替えた玲愛がリビングに戻ってくる。

 化粧も落としてすっぴんだ。

 照れ隠しのためか、それとも本気で怒っておるのか、ブスーッとした顔で俺を睨む。


「なに、じろじろ見て?」

「すっぴんだと年相応でなんか可愛いな」

「う、うっさい! おだてて誤魔化そうとしてもそうはいかないんだからね」

「お世辞じゃないって」

「はいはい。もういいし」


 相変わらず誉められると弱い奴だ。


「てかお茶漬け美味しそう! あたしも食べよーっと」

「寝る前に食べたら太るぞ?」

「じゃあ食べ終わったらベッドの中で運動しちゃう?」

「下着姿見られただけでパニクる玲愛じゃ無理だろ」

「あ、あれは不意討ちだったから! スケベ!」


 恥ずかしそうに顔を赤らめて。

 リアクションが初々しすぎる。

 これはファッションビッチ確定だな。

 ファッションビッチとはビッチじゃないのにビッチの振りをすることだ。


「玲愛って意外と純情なんだな」

「はぁ? ビッチだし!」

「嘘つけ。下手したら処女だろ?」

「しょ、しょしょしょ処女ちゃうわ!」


 焦り方が処女のそれだ。

 純情そうだけど一度くらいは経験あると思っていたので、さすがにちょっと驚いた。


「へぇ? じゃあ初体験はいつ?」

「セクハラだからね、それ」

「はい処女確」

「違うし! 小六からやりまくりだし!」


 嘘にしても小六とは思い切ったな。


「同級生とか先生とか取っ替え引っ替えだし」

「先生と!? それはヤバいな」

「でしょ? 経験人数とか茅野さんより遥かに多いからね」


 ビッチマウント取るのに必死だな……

 面白いからもう少しからかってやるか。


「そうなんだ。俺は何人だっけかな」


 一、二、三と適当に指を折っていく。

 右手で足りなくなり、左手の指も全て折ると玲愛は目を剥いた。


「不潔! そんなにしてるの!? ドン引きなんですけど!」

「冗談だ」

「全然面白くないし!」


 自称アバズレ女をなのに他人の貞操にはうるさいようだ。


「でも残念だなー」

「なにが?」

「俺、処女厨だから非処女は無理なんだよね」

「ぶふぉ!?」

「うわっ!? お茶漬け噴くなよ! 大丈夫か!?」


 玲愛はケホケホ噎せてから、深刻な表情になった。


「どうした、玲愛?」

「じ、実はあたし、処女なんだよね」

「またまたぁー。ちっちゃな頃からヤリまくりなんだろ? 気付いたらビッチの優等生なくせに」

「あれは嘘! 本当は経験ないし」


 やっぱりだ。

 そうなんじゃないかと思ってた。


「嘘ついてたんだな?」

「で、でもキスはしたことあるし!」

「急に自慢がショボくなったな。てかそれも怪しいし」

「はあ!?」


 玲愛は身を乗り出して俺を睨み付けた。


「あたし、茅野さんとキスしたんですけど!」

「へ?」

「まさか覚えてないわけ!? 信じらんない!」

「ちょ、ちょっと待て。そんな記憶ないぞ!」

「嘘でしょ……」


 玲愛は力なくペタンと椅子に腰を落とす。


「まさか寝てるときに勝手にしたとかじゃないだろうな? それならノーカンだからな」

「違うし。もういいよ、最悪」


 玲愛は机に突っ伏してだらーんと脱力している。


 そんなに凹まれても、キスなんてした覚えがないのだが……


 しばらくすると玲愛は顔だけ上げて俺を睨む。


「……思い出した?」

「もういいんじゃなかったのかよ」

「最後のチャンスを上げてるの!」


 さばさばしているようで意外とややこしい。


「ヒント、キャンプ」

「キャンプ……? あー、分かった! 思い出したぞ! 少年少女キャンプ体験の時だな! そういえば玲愛キスしてきたな! 小学生なのにおませさんだなって思ったのを覚えてる」


 ようやく思い出した。

 キャンプ体験の時、仲良くなって、夜にこっそり玲愛がキスしてきたんだっけ。


「あたしのファーストキス奪っておいて、なにその感想!」

「奪ったんじゃなくて一方的に玲愛がしてきたんだろ」

「もう知らない」


 プイッと顔を背けるけどリビングを出ていかない。

 機嫌を取れというアピールなのだろう。


「ごめん。忘れた訳じゃないよ。ちゃんと覚えてるから」

「てきとー。忘れてたくせに」


 完全にへそを曲げてしまった。

 ファーストキスを相手に忘れられていたのだから、まあその怒りも分からなくもない。


「お詫びに今度の休み、出掛けよう」

「そんなのに騙されないんだから」

「これを玲愛に就職の前祝いをプレゼントしたいんだ」


 鞄からチラシを出して玲愛に見せる。

 途端に玲愛の表情が変わった。


「えっ!? これって!?」

「包丁だ。これ欲しかったんだろ?」

「なんで知ってるわけ!?」

「そりゃ玲愛の動画見たからだよ。これ欲しいって言ってるのを見て、いくらくらいなのか調べておいたんだ」

「マジで!? ありがとう!」


 玲愛は喜んで抱きついてくる。


「ちょっ……落ち着けって」


 喜んでくれるとは思ったがらここまでだとは思わなかった。


「あ、でもファーストキスを忘れたことは許してないんだからね!」

「許してないならいつまでも抱きつくな」

「許してないから抱きついてるの! 罪滅ぼしだからね。しっかり反省しなさい」


 抱きつくのはご褒美じゃないのか?

 まったく玲愛の感性は理解しがたい。



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いつも応援ありがとうございます!

お陰さまでラブコメ週間六位という快挙です!

本当に皆様のおかげです!

トップ5は魔境なのでさすがにこれ以上は無理でしょうけど、とても嬉しいです!


さて玲愛ちゃんのはじめてのキスの相手だったことも分かり、次第に茅野さんも玲愛ちゃんの本気具合に気付いてきました。


都市の差十歳の二人、これからどうなるのでしょうか?


今後ともよろしくお願いいたします!

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