第16話 お母さんへの報告

 墓参りなのに線香も花もないというのは問題なので近隣のスーパーで入手してから墓地へと向かった。


「はじめから両親がいない話をすればよかったのに。なんで嘘をついたんだ?」

「可哀想だって思われたくなかったから」


 玲愛はばつが悪そうにボソッと呟く。


「親がいなくて行く当てもないなんて言ったら、優しい茅野さんはあたしのことを可哀想な子だって思うでしょ? それが嫌だったの」


 同情されたくない。

 玲愛なりのプライドなのだろう。

 そう言われてみれば玲愛がはじめてやってきたあの夜、彼女は決して情に訴えるようなことは言わなかった。

 ふてぶてしく当たり前のように泊めてもらおうとしていた。

 まぁ、『なにしてもいいよ』とか劣情には訴えかけてきていたけど。


 墓石の前に立ち、無縁仏の第一形態になりかけた墓回りの草を抜く。


「なかなか来られなくてごめんね、ママ」


 玲愛は謝りながら草を抜く。

 居候の身で家事手伝いなど忙しくて墓参りも出来なかったのだろう。


 掃除のあと、花を手向けて線香を上げる。

 目を閉じて手を合わせる玲愛の脇で、俺も両手を合わせた。


「玲愛のお母さん、はじめまして」


 墓石に向かって話し掛けると、隣で玲愛がこちらを向く気配がした。

俺は目を閉じたまま続ける。


「いま娘さんはうちに居候してます。お母さんさえ許してくれるなら、これからもうちで預からせてもらいたいと思ってます。もちろん疚しいことなどいたしません。よろしいでしょうか?」

「えっ……いいの? これからも茅野さんと一緒に暮らしても」


 涙声の玲愛が訊ねてくる。

 泣いている顔を見るとなんだか俺まで涙腺が崩壊しそうなので目は開けない。


「玲愛に訊いてるんじゃない。お母さんに訊いてるんだ」

「あっ、そうか……もちろんじゃよ。娘をよろしく頼む。疚しいこともして構わないぞ。ただし責任を持て。やり捨てとかは許さんからな」


 涙声なのにウケを取りに行く玲愛の声に吹き出してしまう。


「なんでお母さんがインチキ神様みたいな口調なんだよ」

「死んだら神様になるんじゃない?」

「神様は『やり捨て』とか言わないだろ」

「言うタイプの神様なの」


 目を開けると玲愛は俺の腕にしがみついてきた。


「ありがとう、茅野さん」

「くっつきすぎ。お母さんの前だぞ?」

「いいの。我が家は恋愛に対しておおらかな教育方針だったから」


 ぷにゅっと潰れる柔らかな感触が気まずい。

 湧き起こりそうな疚しい気持ちを沈めながら車へと向かった。

 まだしばらくはこの奇妙な同居は続きそうだ。



 ────

 ──



「ねぇ、本当にお弁当いらないの?」


 出勤前に玲愛は再び訊いてくる。


「俺はレストランに備品を納める仕事だぞ? お昼はお客さんのところで食べて売り上げに貢献するんだ」

「外食ばっかじゃ体に悪いよ?」

「必要なことだから仕方ない。営業にもなるしな」

「既にお客さんなんだからそんな営業いらなくない?」


 よほど俺に弁当を持たせたいのか、玲愛はやけに食い下がる。


「そうじゃないよ。その店で食事することでなにが必要か見極めて新たな商品を紹介するんだ。テイクアウトにこんな容器はどうだとか、この料理にはこんなお皿は合うんじゃないかとか」

「へぇ。そんなことまでするんだ?」

「みんながしてるかは知らないけどね。俺の場合はそうしてる。レストランのオーナーシェフとか忙しいから、そんなことまで考えている余裕はない。こちらから提案して気に入ってもらえればお互い得だろ」

「さすがは茅野さんだね! 分かった。お弁当は諦める」


 玲愛に納得してもらい、ようやく家を出られた。



 会社につくと営業補佐の古泉こいずみさんが俺の席までやって来る。

 彼女は俺の二歳下だがしっかりした女性である。

 真面目そうな黒髪に柔和な目で、玲愛とは対極の外見だ。


「おはようございます。茅野さん、聞きましたよ」

「なにを?」

「奥さんと離婚されたんですよね?」

「うん、まぁ」


 扶養家族の件とかもあるので総務には伝えていた。

 恐らくそこから情報が漏れたのだろう。

 大企業じゃあり得ないが、うちみたいな小さな会社ではその辺の管理もガバガバだ。


「なんで言ってくれなかったんですか?」

「普通離婚しましたなんて人に報告しないだろ? 言われた方も困るだろうし」


 冗談めかして笑ったが、古泉さんはむすっと口を結んでしまった。

 離婚をネタにするとか、ちょっと不謹慎だっただろうか?


「お一人になられて困ってるんじゃないですか? よかったらおうちに伺って家事とか手伝います」

「い、いいよ、大丈夫だから!」

「でも」

「実は結婚していたときから妻が家事放棄していたから自分でしてたんだ。ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」


 家に来られてJKと同居しているなんて知られてら大変だ。

 即通報され、塀の中にお引っ越しを余儀なくされる。


「そうですか? 困ったことがあればいつでも言ってください」

「分かった。そうするよ」


 朝から冷や汗をかいてしまった。

 女子高生との同居も楽じゃない。





 ────────────────────



 玲愛と共に暮らすということを正式に決意した茅野さん。

 そして現れる新たなる女性、古泉さん。


 物語は新たなるステージへと向かいます!

 そしてバカ嫁のその後は?


 最後に玲愛ちゃんメモ

 冬は厚着で意外と蒸れやすいもの。

 玲愛ちゃんはデオドラントにも気を遣います。

 制汗スプレーは爽やかな石鹸の香りのものを好んで使ってます。

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