第18話 妹じゃないし!

 次の休日。

 俺は玲愛を連れて包丁の産地として有名な町に来ていた。

 包丁自体は街で買うことも出来るが、せっかくの休みなので観光も兼ねて足を伸ばした。


 そんな包丁の町でも一番有名な工房に行くと、博物館かと思うほどに包丁が展示されていた。


「うわぁ……マジで凄い……」


 玲愛はジュエリーショップに来たかのように目を輝かせている。

 料理人を志すものにとっては夢のようなところなのだろう。


 俺も包丁は取り扱い品目にあるが、正直あまり売れてはいない。

 皿やフライパンなどは俺のような業者から買っても、包丁だけは自らの目で確かなものを選ぶという人が多いからだ。


「玲愛の就職祝だから好きなものを選べよ」

「マジで? テンション上がるー!」


 書かれた値段を見てぶっちゃけビビっているが、そこは大人として動揺してない振りをする。


 洋食レストランで働く予定の玲愛は『牛刀包丁』という洋包丁ではもっともスタンダードな万能包丁を買いたいそうだ

『牛刀』などというとずいぶんと厳つい印象を受けるが、家庭でももっとも使われている三徳包丁と形のよく似た一般的な形のものだ。


 この工房はほとんどの行程を職人の手作業で行っている。

 値段は張るが品質は確かで、アフターケアも万全だ。

 一生使うというと大袈裟だが何十年も使うものなのだから、多少高くてもいいものを買うに越したことはない。


「これ、凄くない? あー、でもこれも捨てがたいなー」

「それはちょっと長すぎるだろ。使いやすさも考えろよ」

「あ、そっか。ねぇねぇ、これは?」


 洋服選びの時より更に生き生きしてる。

 よほど料理が好きなのだろう。


 包丁には色んなポイントがあるが、中でも重要なのは刃の材質だ。

 玲愛はステンレスじゃなく、手入れが大変でも切れ味のいいハガネタイプが欲しいそうだ。


「うん、決めた。これにする」


 一時間ほど悩んで玲愛が選んだのはこの店でも人気を誇る刃渡り22センチの牛刀だった。

 価格は二万円強。

 この店のものでは比較的安価なものだ。


「これでいいのか? もっと高いのでもいいんだぞ?」

「ううん。この子がいい。握った感じも一番しっくり来たもん。それにこの子だってかなり高価だよ」

「そっか」


 包丁に『この子』という呼び方がいかにも玲愛らしくて微笑ましい。

 説明してくれていた店員さんに購入を伝えてレジで会計を行う。


「就職のお祝いなんですね」

「えへへ。そうなんです! 超嬉しい」


 玲愛は嬉しそうに微笑んでいた。


「妹さんにプレゼントなんて優しいお兄さんですね!」

「へ?」


 妹に勘違いされ、玲愛はぽかんとする。


「ま、まあ、お祝いですから」


 玲愛が変なことを口走る前に店員さんに答えた。


 店を出ると玲愛は不服そうにブスッとしていた。


「妹じゃないのに!」

「仕方ないだろ。むしろ『急に泊めてくれと押し掛けてきた赤の他人』って当てられた方が怖いし」

「そうじゃなくて! 普通は彼氏とか思わない?」

「歳が離れすぎてるだろ」

「そういう問題じゃない。 茅野さんの態度の問題だと思う。あたしを子ども扱いしすぎなんだって」

「拗ねるなよ。ごめんごめん」


 膨れっ面の玲愛の頭を撫でると、余計不服そうに睨まれた。


「そういうのが子ども扱いなの!」

「じゃあどんなのがいいんだ?」

「あ、頭じゃなくてお尻とかおっぱいをナデナデするとか」

「アホか。こんな公共の道端でそんなとこ撫でる奴がいるかよ」

「じゃあベッドで」


 付き合ってられないのでさっさと先に行く。


「あ、待ってよ!」


 ちょこちょこと追いかけてくる姿は妹というよりペットだ。


 せっかく出掛けたので近くにある評判の寿司屋に立ち寄る。

 近海で採れた新鮮な魚をメインに握ることで評判の店だ。


 艶々と光るネタと口のなかで蕩けるようにほどけるシャリが絶妙だ。


「美味しいっ! なにこれ!」


 玲愛は目を丸くして驚く。


「お寿司は好き?」

「うん。でも正直回るやつばっかでこういう高級なところははじめて」


 経済的な事情で贅沢は出来なかったのだろう。

 でも一流の料理人を目指すなら色んな味を知っておいた方がいい。

 これからはたまに名店にも連れていってやろう。


「このヒラメとかヤバいよね。柔らかいのに弾力もあって。こっちのサヨリも包丁仕事が見事だなぁ」


 板前さんもちょっと驚いた顔で玲愛を見て微笑んでいる。

 そりゃこんなギャルギャルしい子に細かく分析されたら驚くよな。


「あー、しあわせ。あたしも料理で人をしあわせにしたいなぁ」

「玲愛なら出来る。楽しみにしてるよ」

「うん。ありがと」


 夢があるというのは素晴らしい。

 俺までちょっとワクワクしてきた。

 考えてみればここ数年、ローンを返そうとか、給料を上げてもらえるよう残業をしようとか、夢を追うというよりは他の何かに追われて生活してきた気がする。


 どうせ離婚して人生計画も壊れてしまったんだ。

 俺もなにかをしなければと焦るのではなく、もう少し自由に生きてみよう。


 こんな風に考えられるようになったのも、きっと玲愛のお陰なんだろう。




 ────────────────────


 お寿司って美味しいですよね!

 私が一番好きなネタは金目鯛です!


 妹に間違えられつつも包丁を買ってもらってご満悦の玲愛ちゃん。

 いつか恋人と思われる日が来るといいね!



 さてなんと驚くべきことに週間4位にさせていただきました!

 ありがとうございます!

 たくさんの人に読んでもらえると書くのにも力が入るからありがたいです!


 本当に皆さんのおかげです。

 ありがとうございます。


 もっと玲愛ちゃんの可愛さを表現して皆さんに喜んでもらえるよう、これからも頑張ります!


 今後ともよろしくお願いいたします!


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