第13話 玲愛の別の顔

 緊急事態宣言が発令され、飲食業界は未曾有の大混乱に陥った。

 その犠牲となり廃業に追い込まれた店も少なくない。

 緊急事態宣言が解除されたあとも、全てが元通りというわけにはいっていない。


 解放感から一時的に客足は伸びたが、それも一時的なものだ。

 社会が混乱し、景気が低迷すれば外食産業は真っ先に影響を受ける。


 レストランが不調なら当然ながら我々のような飲食店への卸業も不況だ。

 しかもこちらは休業要請などの給付金もない。

 私生活ばかりではなく、仕事の方もなかなか厳しい状況だった。


 とはいえ外食産業も黙って倒れていくわけではない。

 デリバリーサービスなどが盛り上がってきているので、うちの商品であるプラスチック製の弁当箱や箸などテイクアウト関連のものは売れた。


 俺の顧客は他人があまり行きたがらない小口が多い。

 小さな店は方針転換も素早く行えるという利点もあり、テイクアウト関連の商品で俺も売上げを保てていた。



「ほんと、嫌になっちゃうよ」


 お客さんの洋食屋『ふぁにーてぃーす』の店主は顔をしかめながら箸の入ったビニール袋を受け取る。


「全然客足が伸びないから大変でさ」

「そうですよねー。どこも皆さんそう言ってます」

「まあ茅野さんにデリバリーを強く勧めてもらったお陰でなんとか売上があるから首の皮一枚で繋がっているけどね。感謝してるよ」

「私は提案しただけですよ。この店の人気があるからこそデリバリーも好調なだけです」


 この店、『ふぁにーてぃーす』は俺が新人時代に飛び込み営業で勝ち取った顧客だ。

 料理が美味しく、こじんまりながらも店の雰囲気はいい。

 なんとか頑張ってもらいたかった。



 仕事を終えて家に帰ったのは八時を少し回っていた。

 俺が帰ると玲愛は小型犬のようにちょこちょこと玄関まで出迎えてくれる。


「おかえりー! 今日はおでんにしてみた!」

「おー、寒くなってきたからいいね」


 見るとまだ玲愛も食べていなかった。


「前も言ったけど俺は帰りも遅くなるから先に食べてていいよ」

「あたしも今日は帰ってくるのが遅かったから」

「へぇ。なにしてたんだ?」


 なんとなく訊くと玲愛はにやぁと笑う。


「気になる?」

「いや、別に」

「男と遊んでたのかなーとか心配してる?」

「だから別に興味ないって」

「女の子と買い物行ってたの! 焦った?」

「はいはい。焦りましたよー」

「もうっ! 全っ然焦ってないし!」


 適当に返すとぱすんっと肩を叩かれる。

 でも本当は少しほっとしている自分がいることに気づいていた。


「さあ食べよう」


 鍋の蓋を取ろうとした瞬間、玲愛に止められる。


「ちょっと待って! まだブツ撮りが終わってないから」

「ブツ撮り?」

「おでんを撮影するの。ちょうどよかった。手伝って」

「いいけどなにをすればいいの?」

「鍋の蓋を開ければいいだけ」


 そう言いながら玲愛はスマホのカメラを構える。

 言われるままに蓋を開けると湯気がブワッと上がった。

 玲愛はそれを色んな角度から撮影していく。


「うん。いい感じ」


 取り終えた画像を確認し、玲愛は満足げに頷いた。


「料理を作ったあと、いつも写真撮ってるの?」

「まあ、だいたいは」

「なんでそんなマメなことしてるの?」

「SNSにアップしてるからね」

「へぇ、そんなことしてるんだ?」

「うん。料理してる動画もね。ほら」


 見るとなんとフォロワー数が動画、写真のSNS合計で三十万人もいた。

 ちなみにアカウント名は『レイア』と本名をカタカナにしただけだ。


「三十万人!? インフルエンサーもいいとこじゃん!?」

「まぁね。ギャルが料理作るってギャップが面白いんでしょ?」


 自虐的にそう言うが、そんな出落ちみたいなネタで三十万人もフォロワーはつかない。

 試しにひとつ動画を見たが、ほぼ玲愛は映っておらず、淡々と料理を作っていた。

 コメントを見ても普通にレシピ動画として人気を博しているのが伺える。


「こんなにフォロワーいるならそれを職業にしちゃえばいいのに」

「やだよ。そんなのいつ人気なくなるか分からないし、それにあの店で働くのは私の幼い頃からの夢なんだから」


 見た目と行動が全くそぐわない。

 玲愛は時おり本当にギャルなのか疑わしくなる。


「さ、食べよう。お腹空いたし!」


 俺はおでんを食べる時はまず大根からだ。

 そ出汁が染み込んでいるから、それが一番鍋の味が分かりやすい。


 苦味と共に出汁の豊かな香りが口から鼻へと抜ける。

 中までしっかり味の染みた大根は適度な歯応えを残していた。


「熱っ……うまっ!」

「でしょー? 秘伝の出汁だからね!」

「なに使ったんだ?」

「内緒。教えない」

「もったいぶるなー」

「教えなくてもあたしが作ってあげるんだからいいでしょ?」


 玲愛がいなくなったら食べられないだろ、という台詞は飲み込んだ。

 つまらないことを言って空気を悪くしても仕方ない。


 ハフハフいいながら頬張る玲愛に笑いながら水を差し出す。


「落ち着いて食べろよ」

「だってお腹空いてるんだもん」


 こんな幸せがもう少し続いてもいいかな。

 そんなことを考えていた。

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