第8話 話すこともない

 玲愛との不思議な共同生活が始まって一週間が経過していた。

 どうなることかと思っていたが、互いに必要以上に干渉しないので驚くほど不満はなかった。

 まあ風呂上りに素肌の上からTシャツ着てハーパンでうろつかれるのは、ちょっとやめて欲しいけど。


 ちなみに妻が出ていってしまったことはまだ職場の誰にも話していない。

 特に報告しなければいけないわけでもないが、離婚するとなったら扶養の問題とかがあるから総務には言わなければならないだろう。


 そんな仮初の平穏を破ったのは、舞衣からのメッセージだった。


『直接会って話がしたい』


 一週間ぶりのメッセージにしてはこれ以上ないほどに短く、事務的な連絡だった。


 さんざん迷惑をかけておいて失礼な奴だ。

 改めてよくあんな奴と結婚したものだと呆れてしまう。




「明日はちょっと遅くなるかもしれない」


 夕食時に告げると、玲愛はじぃっと俺の目を見てきた。


「なに?」

「別に。じゃあ暖め直して食べやすいようにカレーにでもしようかな」

「いや、いい。食べてくるかもしれないし」

「やっぱそっち系?」

「そっち系ってなんだよ?」

「女でしょ? いやらしい」


 玲愛はなぜかぶすーっとした顔で俺を睨む。

 俺たちはお互い干渉しない約束で暮らしてるのに変なやつだ。


「そんなんじゃないから」

「うそつき。帰ってきてからずっとそわそわしてるのバレてないとでも思ってるの? ウケるんですけど」

「まあ、女は女だ」

「ほら、やっぱり」

「家を出ていった妻だけどな」


 投げやりに伝えると玲愛はハッとした顔になる。


「……ごめん」

「別にいいよ。気にするな」

「……まさか、奥さんを迎えに行くの?」


 玲愛は静かに問い掛けてくる。

 嫁が帰ってきたら当然家を追い出されると思っているのか、自分も行って怒鳴り付けてやるつもりなのか、その表情からは分からない。


「ははは。まさか。そんなわけないだろ」


 馬鹿馬鹿しくて思わず笑ってしまった。


「あいつとやり直す気はさらさらない。 もう俺たちは修復不可能だ。でも終わりにするにしても離婚届とかあるだろ? その話し合いをするつもりだ」

「向こうもそのつもりなの? 会って謝ってくるとかないわけ?」

「たとえそうだとしても俺は絶対にやり直す気なんてないから」

「そっか」


 追い出される心配がないと安心したのか、玲愛はホッとしたような顔で笑った。


「でもさ、離婚届なら郵送でも送れるでしょ? わざわざ会うっていうならなんかあるんじゃない?」

「確かに」


 舞衣のことだ。

 なにか逆ギレ的なことを言ってくる可能性もあるだろう。

 しかしそれ以上に言い返してやるつもりなので心配はない。


「ていうかさ、話し合いならこの家でしたらいいじゃん。なんならあたしも同席するし」

「なんで玲愛が同席するんだよ? カオス過ぎるだろ」

「遠くの親戚の子ってことにでもすればいいんだよ。いとこの子どもとかさ」

「確かに俺のいとこなんて結婚式以来会ってないから、その子どもって言えば信じるかもしれないけど。でもそもそも話し合いに玲愛を入れる意味なんてないだろ?」

「心配なの! 茅野さん、人がいいから奥さんに言いくるめられそうだし! ふざけたこと言ってきたらあたしがガツンといってやるんだから!」


 玲愛はずいぶんと興奮していた。

 正義感の強いタイプなのかもしれない。


「ありがとう。でも気持ちだけでいい。それにあいつをもう二度とこの家の中に入れたくないしね」

「じゃああたしも一緒に行く!」

「玲愛はいいよ。それより家でカレーを作って待っててもらった方がいい。この話し合いが終わればカレーがあると思えた方が気が楽だからね」

「なんかその言い方、ズルい」


 渋々ではあるが玲愛も納得してくれたようだ。


「じゃああたしの撮影した動画だけ持っていって。証拠を突きつけてぎゃふんと言わせてやろうよ!」

「いや、やめておくよ」

「なんでよ!? これ見せられたら言い逃れできないでしょ!」

「そうかもしれないけどそこまでしなくてもいいかなって。俺はただ離婚出来ればそれでいいんだから。今さらあいつを問い詰めて痛めつけたいとか思ってないし」


 それは偽らざる本心だった。

 舞衣に謝罪させたいとかそんな気持ちすら、今の俺にはない。

 ただ純粋に、もう二度と人生で関わり合いたくないだけだ。

 慰謝料請求のために裁判を起こすなんてすれば今後も関わらなければならない。

 そんなことはまっぴらごめんだ。




 ────────────────────



 いよいよ元嫁との対決です。

 浮気嫁をギャフンと言わせます!


 会いたくない人と会わなくちゃいけないというのは苦痛ですよね。

 でもなぜかそういう人ほど会わなきゃいけない用事があったりするものです。


 負けるな、茅野さん!

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