第9話 嘘つき
翌日。
仕事終わりに待ち合わせ場所へと向かう。
指定されたのは結婚前によく舞衣とも行っていた喫茶店だ。
二人の思い出の場所を選ぶという舞衣らしいセンスも不快だった。
浮気という最低の行為を働いていて、そのくせ綺麗に纏めようとするのが透けて見える。
店に入ると奥の席で俺を待っている舞衣を見つけた。
以前俺が誉めたチェックのワンピースを着ている。
あれほど清楚に見えたその服でさえ、計算された穢らわしさを感じた。
これなら玲愛の際どいニットワンピース姿の方がよっぽど誠実で清楚に見える。
「ごめんね、呼び出しちゃって」
「呼び出すことより謝ることがあるんじゃないのか?」
相手のペースに乗せられないようにきつい口調から入る。
「そうだね……ごめんなさい。あなたを裏切るようなことをして」
『裏切るようなこと』ではなくはっきりと『裏切った』のだが、言葉の端々を突っつき回すために来たわけではないので流す。
「今日は話し合いをするために来たわけじゃない。これに署名してもらうために来ただけだ」
鞄からファイルにいれた離婚届を取り出してテーブルに置いた。
「あとは舞衣のサインを書いてくれ。それを役所に届けてくるから」
いつも受け身で、よく言えば相手の意見を尊重し、悪く言えば決断力のない俺が離婚届を用意してきたことに驚いている様子だった。
「ちょ、ちょっと待って」
「待ったところで俺の意思は変わらない。無駄な時間は使いたくないから早く署名して」
冷たく突き放すと、舞衣は明らかに顔を青ざめさせていた。
「浮気していたことは謝ります。本当にごめんなさい。陸が離婚したいというのならば従います」
「従ってくれるならさっさとサインをしてくれ」
「でも信じて。浮気したのは、あの時が初めてなの」
舞衣は俺の目を見て、平然と嘘をついた。
その姿を見て、俺は驚愕した。
嘘をついたことに驚いたのではない。
嘘をついている時の舞衣の顔に驚いたのだった。
それはこれまで何度も見た、真剣な話をする時の舞衣の顔だったからだ。
嘘をつくときはいつもこの表情をしていたのかと知って、これまでのことが走馬灯のように脳裏を過った。
「もしかして慰謝料とか、そういうことを気にしてそんな嘘をついているのか?」
「嘘じゃない。信じて」
「別に舞衣が何回その男と浮気していようが、どうだっていいよ。俺は舞衣と離婚して、金輪際二度と人生で関わってこなければそれでいいから。慰謝料請求のために裁判とかすらもしたくない」
慰謝料を請求しないと言った瞬間、舞衣の顔がホッと緩むのを見逃さなかった。
「ちなみに相手は誰なんだ?」
「それはっ……」
舞衣は俯いて手にしていたハンカチをきゅっと握る。
なんだかこれじゃ俺が責めているみたいだ。
舞衣は被害者面して嵐が去るのをただ待っているように見えた。
「最後くらい、嘘なく正直に話してくれ。嘘をつくなら裁判してもいいんだぞ?」
「……元カレの
「ああ、あの俺と出会う前に付き合ってたバンドやってるって言ってた奴か。結局別れられずに引きずってたのか」
「違う! ちゃんと別れてたの。信じて。でも最近ばったり街で遭遇して」
謙弥とは俺と出会う前に付き合っていた男だ。
確か金づるにされていた上に暴力を振るわれて別れたと聞いていた。
俺と出会った頃の舞衣はそのせいでやけに荒んでいた。
「舞衣の不倫に至る経緯なんて聞きたくもない。さあ、さっさとサインして」
「陸、待って」
「なんだ?」
「夫婦の資産は共有のものでしょ?」
「資産?」
「あの家の家具を買うとき、私もお金を出した。家の頭金だって私も出したんだよ?」
また先ほどの嘘をつくときの顔でそう言ってきた。
怒りでぎゅっと固く拳を握ってしまう。
舞衣はほとんど貯金もなく、結婚式の費用も全て俺が払ってし、家具や家電も俺のお金で買ってはずだ。
「浮気をしておいてそんなことを主張するのもおこがましいと思うけど、でもそういうこともきっちりしておきたいの」
こいつが一円も出してないのはきっちり調べれば分かるだろう。
離婚理由も不倫が原因だから慰謝料も取れる。
やはりきっちりと裁判をするべきなのだろうか?
でも俺はもう一秒でもこいつの顔なんて見たくなかった。
「お前なぁ」
繰り返し浮気をしていたことも、金なんて全然入れてなかったことも指摘してやろう。
怒りの炎が心で燃え上がったその瞬間─
「そんな奴に情けをかける必要なんてないよ」
突如声がして振り返ると、玲愛が立っていた。
「どうしてここに……!?」
「叔父さん、よくこんなろくでもない女と結婚したね?」
「だ、誰なのよ、あなた。夫婦のことに口出ししないで」
「私は茅野おじさんのいとこの娘。そんなことよりあんた、よくぬけぬけとこの期に及んで嘘つけるよね? マジ無理なんだけど?」
「陸に責められてもあなたに責められる筋合いはないわ!」
舞衣は先程までの被害者ぶった仮面を捨てて吠える。
一方玲愛は対照的に小馬鹿にしたような落ち着いた顔つきだ。
「責めてるんじゃないってば。事実を言ってるだけ。嘘つきのサイテー女だって」
「なにが事実なの? なんの証拠があってそんなことっ! いい加減なこと言ってると許さないからね!」
「ほら、これ。顔までばっちり映っちゃってますけど?」
玲愛はスマホを翳して例の証拠動画を舞衣に見せる。
「えっ!? ちょ、ちょっと、これっ……」
舞衣は見る見るうちに顔を青ざめさせていった。
────────────────────
アホ嫁に玲愛ちゃんの反撃開始!
次回玲愛ちゃん無双をお楽しみに!
って気付けば日間11位、週間12位でビックリしました!
本当に皆様のおかげです!
あと一歩でトップテン!
頑張ります!
物語はもちろんバカ嫁に鉄槌なんかでは終わりません!
二人の焦れったくも甘い恋愛模様がメインです!
これからもよろしくお願い致します!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます