弱小男子卓球部がOBに鍛えられて強くなる話

タカナシ

「男子卓球部の場所確保」

 中学2年の冬、男子卓球部のぼくは反旗を翻すために、女子卓球部・部長の松尾素子まつお もとこちゃんに勝負を挑んだ。

 けれど、結果は――


「あんた、本当に弱いわね」


 彼女の強烈なスマッシュが決まり、ぼくの後ろにピンポン玉が転がる。

 得点版に最後の1点が表示され、負けが決定した。


「反応がとろいし、技術も稚拙。おまけに体力もないときてる。それで男子の部長でしょ? そんなんじゃ、私たちがあなた達男子と練習する意味なんてないわね」


「う、うう……」


 何も言い返せなかったぼくは、その場から逃げるように走り出した。

 体育館から外へ飛び出し、悔しさのあまり全力疾走。けれどすぐに体力が尽きて、よろよろと俯きながら歩いていると、


 ドンっ!


 誰かにぶつかってしまった。


「あっ、ごめんなさい」


 ぶつかった人はあまり体格の良くない中学生のぼく程度でよろめき、あわや転びそうになる。


「だ、大丈夫ですか?」


 しっかりとその人を見ると、まだぼくの父さんくらいの年齢に見えるこざっぱりとした男の人なのに、手には老人が持つような杖を持っている。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと足が悪くてね。よろめいただけだ。それより、ちょいと尋ねたいんだが、卓球場はどこにあるんだい? 昔と変わったようで、場所がわからなくてね」


「ぼく卓球部ですけど……、えっとどなたですか?」


 最近は不審者が増えているって言うし、素性のわからない人を連れて行くのはちょっと。


「俺は三星卓みほし すぐる、ここのOBだ。ちゃんと許可をもらって入っているから大丈夫だぞ」


 三星さんはニッと笑みを作る。


「いや、俺の頃は学校入るのに許可とか要らなかったんだが時代は変わったねぇ。無許可で入ってたら先生に捕まったし」


「そうなんですね……」


「それじゃ、卓球部は今、どんなかな?」


 先導するぼくに、三星さんは足をひょこひょこと引きづってついてくるのだった。


              ※


「おおっ……、こいつは中々に、中々だな」


 卓球場を見た三星さんの第一声がこれだった。

 ぼくらの卓球台は、体育館ステージ袖に一台置かれているだけで練習スペースもほとんどない。それだけならまだしも、女子卓球部は強豪で毎年全国に行く程で、そっちは体育館の半分を使い、いくつもの台が並ぶ。

 その差も含めてのセリフだろう。


「女子と合同で練習とかしないの?」


 その問いにぼくは首を横に振った。


「弱い男子と練習しても時間の無駄って」


「なるほどね。一理ある。ただ逆を返せば、お前が強くなればあっちの台も使えるかもってことか」


 三星さんはパンッと太ももを叩く。


「良し、それなら俺が教えてやる!」


 えっ、でもOBって言っても、その足じゃ。

 ぼくは思わず、三星さんの足に視線を向けてしまう。


「心配するな。これでも昔は強かったんだぞ。教えるだけなら椅子に座っててもできるし。どうせ、今のままじゃ女子には勝てないだろ? ダメもとだと思って、どうだ?」


 確かに、ダメでもともとだっ!!

 ぼくは三星さんに指導をお願いすることにした。


               ※


 その日からぼくと三星さんの特訓が始まった。


「まず、体力がないのが問題だが、それは俺がこれない日にランニングとかでもしろ。教える人がいるときは技術を磨け!」


 ぼくはよく筋力が足りないことを指摘されて、先輩たちに筋トレをするよう言われてたけど……。


「筋力が足りない? 知るか! ならマッチョは全部の運動が出来るのか? 違うだろ。卓球に必要な筋肉は卓球の中でつけるんだよ。それにはまず体の使い方を知らなきゃどうしようもないだろ。で、その中で必要と思った筋肉をトレーニングで強化するんだ!」


 ぼくはこの指示に従って三星さんがこれないときは走り込んだ。


「サーブは最重要だ。それを磨くだけで中学なら勝てる! 直接台に打ち込まなくてもまずはサーブの形、球に思った回転が掛けられるかを意識するんだ」


 卓球台を使わず、三星さんにサーブを診てもらう。

 何気に三星さんは1台しか卓球台ないことを考慮した指導をしてくれているのは流石だと思う。


「球が打たれてから反応するんじゃない! 卓球は、0.1秒で相手から球が返って来る最速の球技なんだ。球を目で追っていたら反応できない。相手の動き、視線、思考、全てを瞬時に判断し決断する直観が求められるんだ。っておい! 今、勘で適当な方向に動いただろ」


「えっ? でも直感でって」


「そっちじゃない。直観。ちゃんと理由があるけれど、その思考の過程をすっ飛ばして結論を導きだすんだ。まぁ、これをやるには経験と観察が必要だ。とにかく相手をちゃんと見るんだ」


 三星さんは自分の目を指さした後、反対のコートにいるぼくを指さす。


「動け、動け、動け! 直観を鍛えろ!」


 三星さんに指導されてから1か月。

 なんとなく、直観というのがわかってきた気がする。

 三星さんがボールを出すときの、ラケットの面の向きや筋肉の動き、視線、あと、ぼくが動き辛い方向へボールを出すことが多いとかそう言った情報が一瞬で入ってきて、そこからどっちに動けばいいか分かる。これが直観で動くということなのだろう。


 そうして、さらに1か月が過ぎた。季節は春。新入部員が入る前に練習場所の確保の為、ぼくは再び松尾ちゃんに勝負を挑んだ。


「最近、頑張って練習してたみたいだから相手になってもいいけど、私から1セットも取れなかったら、私たちのランニングコースの石拾いでもしてもらおうかしら」


「そんなことで良ければ全然構わないよ。ぼくらも使うし。でも、絶対1セットくらい取ってみせるよ」


「ふ~ん、ちょっとは言うようになったじゃない」


 松尾ちゃんは、ストレッチぐぅ~と背のびする。

 女子にしては高い身長。すらりと伸びた手足。ぼくにはない卓球には打って付けの体格だ。

 それに卓球には関係ないけど、顔も美人系で、男子より女子から人気がある。


 たぶん、勝ったら勝ったで、大ブーイングがありそうだね。


「ふふっ」


 少し前のぼくなら勝ったときの事なんて考えなかっただろうなと思うと自然と笑みがこぼれた。


「この私を前に笑うなんて、ずいぶん余裕ね」


 こうして闘いの火蓋が落とされた。


              ※


 やはり全国に出場するだけはあって、攻撃が鋭い!

 三星さんに鍛えてもらったサーブのおかげでなんとかくらいついてはいるけれど、その他が圧倒的に負けている。

 松尾ちゃんのスマッシュは強烈で一度打たれると追いつけない。さらに高速前進回転ドライブ打ちも上手く、どんな球でも常に攻撃へと変化する。


 11-8 11-7 と2セットを落とし、とうとうあと1セット松尾ちゃんが取れば勝敗が決してしまう崖っぷち。


 だけど、不思議と緊張はない。いや、正確には緊張はしているけれど、それで体が縮こまって動けなくなるようなものじゃない。

 三星さんや部員たちの期待や思いが今のぼくの足や手を動かしてくれている。そう思えるとこの緊張も心地いいくらいなんだ。


「ま、サーブは格段に良くなっていたけど、とろいのは変わらずのようね。このセットも私がとっておしまいにしてあげるわよ」


 確かに、最初は全然どこに球が飛んでくるのか判らなかった。けれど、2セットも接戦で戦ったんだ! 


 松尾ちゃんの高速前進回転ドライブ。さっきまでなら受け止めて返すだけが精一杯だったけど、あの動き、ぼくの体の中心を狙っている!

 直観で判断した僕は一歩横へステップする。


「ドンピシャ!!」


 逆に今度はぼくがそのボールをスマッシュで叩き返す。


「えっ? い、いいえ、ただのまぐれね。たまたまいいところにボールが行ってしまっただけよ!」


 確かにまぐれの要素が強いかもしれない。けれど、直観によって導き出されたものなんだ。100回に1回あるようなまぐれとは明らかに違う!

 そして、それはこの接戦の中では明確な違いを発揮した。


 9-10


 この試合初、ぼくが先にマッチポイントを迎えた。


「くっ、なかなかやるわね。でも、勝つのは私よ! あんた程度に1セットだって渡してなるものかっ!!」


 いつもより力が入ったサーブは松尾ちゃんのしなやかな腕の動きを失わせ、大した脅威でもなく、ぼくのコートへ入ってくる。


 このまま、打ち返せる!!

 あとは相手を、松尾ちゃんを打ち抜き去るコースを見極めろ!!


 松尾ちゃんはサーブのミスを感じ、しまったという表情を浮かべる。そして僅かに苦手な左へと重心がふっと寄るのが見えた、同時にぼくは逆サイドにスマッシュを打ち込んだ。


「あっ!!」


 全力で駆ける松尾ちゃんだったけど、ピンポン玉は床へとコーンという小気味良い音を立てて着地する。


「おっ、おおおおっ!! よっしゃあああっ!!!!」


 ぼくはいままで上げたことのないような大声で叫んだ。


             ※


 そのあとの試合は体力も集中も途切れてしまったぼくはあっさり負けた。

 それでも、男子とも練習してもいいということになった。その結果にぼくは満足している。


「三星さん。ありがとうございました」


 ぼくは深々と頭を下げる。


「ああ、気にしなくていいよ。こっちも良いものが見れたし。たまにはこうして母校に顔を出してみるのも悪くないもんだ。そうそう、俺は今日からまたこれなくなるから頑張れよ」


「えっ、ど、どうして? 三星さんのおかげでぼく、ここまで強くなれたんです。これからもコーチとして来てもらえると……」


「仕事が終わればまた来るさ。ちょいと2~3か月後くらいかな。それまでにもっと強くなっていることを祈ってるよ。なに、あの女子と練習してれば勝手に強くなるだろうよ。それと、これやるよ。サイン本だ。プレミアがつくかもしれないぜ」


 三星さんから渡された本はスポーツ物の小説で、著者名がミホシとなっていた。


「母校はいいな。今回の取材は有意義だった。俺も助かったぜ。サンキューな!」


 軽く手を挙げて三星さんは去っていった。


 取材だけで何か月も付き合ったりしないだろうと思ったけれど、その言葉は飲み込んで、三星さんの背に頭を下げた。

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