第19話 新たな道へ向かう(SIDE千波)
婚約者を親に紹介したからといって、何かが劇的に変わるわけではない。
挨拶して、共に食事をして、言葉を交わす。
新たにつながった関係はまだ、ここから育てていくのだ。
「両家の顔合わせとか、お式の日取りとか、いろいろあるでしょう? 携帯買ったらすぐに、お母さんに教えてね?」
「籍入れるだけで終わらせたい」
「ダメよ」
千波の発言を聞いた母が、助けを求めるように耕平を見上げた。
「千波に任せていたら不安だわ。しっかりしてるんだか適当なんだかよくわからない子だから。耕平くん、悪いけど、よろしくお願いね?」
「はい。戻りの車中で相談して、札幌にもまた寄るつもりなので、俺の両親にも聞いてからご連絡します」
千波の両親に見送られ、兄の海晴を後部座席に乗せて、東京へ向けて出発する。
「千波の運転、初めてなんだけど。大丈夫かぁ?」
「雪の中、宗谷岬まで到達した腕前だよ」
任せとけと告げた千波は、耕平と海晴が会話する声を聞きながら運転し、海晴が妻と息子と暮らすマンションまで送り届けた。
「それじゃあ、気を付けて帰れよ。一年に一度はどこかで必ず、顔を見せに帰ってこい」
「……遠い」
「仕事で東京に来ることもあるので、その時に必ず、一緒に顔を出します」
「千波を見つけたのが耕平くんで、本当によかったよ。妹を、よろしく頼みます」
「はい。任せてください」
なんだか照れ臭さを覚えつつ、兄と別れた千波が耕平と共に向かうのは、仙台だ。
「仙台といえば、牛タンとずんだ餅?」
「千波が食べ物のことを言うなんて、珍しいな」
「それしか知らないだけだよ」
「あとは伊達政宗」
「だから仙台経由で帰ろうって言ったの?」
「俺は行ったことあるけど、違うルートで帰るのも楽しいだろ?」
「うん。確かにそうかも。なんだかわくわくしてるもん」
休憩を挟みつつ、運転を交代しながら仙台港に着いたのは、夕方だった。
一度仙台を通り過ぎ、松島で牡蠣と景色を堪能してから仙台城跡を観光したからだ。
「リッチな船旅だー」
フェリーに乗り、個室のベッドに倒れ込んだ千波が機嫌良く笑う。
「どうしよう、この快適さ。マッサージでもしましょうか?」
帰りの旅費の出資者は、耕平なのだ。
千波の後ろ向き貯金は残りわずか。それも、流氷を見るための旅費で使い果たす予定でいる。
「千波のほうが運転してる時間長いし、疲れただろう? シャワー浴びるか? それとも、船内を散策してみる?」
耕平からの魅力的な提案に顔を輝かせ、千波は身を起こす。
「船内散策、行ってみよう!」
リッチな船旅を楽しめたのは――ここまでだった。
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