第11話 朝はやってくる(SIDE耕平2)

 耕平が日課の雪かきを終えて家に戻ると、待っていた千波がいつもとは違っていた。

 何が違うのかと上から下まで観察してみてまず気付いたのは、服だ。


「スカート、持ってたんだ?」


 千波はいつも、数少ない服を着回している。それも、ズボンとパーカーばかり。


「昨日、桃ちゃんがくれたんだ」


 見て見てと言うように、千波がくるりと回る。

 無地のグリーンのワンピースに、ピンクの花柄エプロン姿。


「なまらめんこい。ヤバい。化粧もしてる?」

「せっかく買ってもらったから」


 照れ臭そうに笑う千波がかわいくて愛しくて、思わず襲いかかりそうになる己を必死に抑えた。

 森のクマさんは野獣じゃない。優しいクマさんなのだから。


「桃ちゃんって、すごい衣装持ちだよね。ゆかちゃんは美にかける情熱がすごくて、びっくりしちゃった」

「桃子は実家が漁師で、ゆかは漁師に嫁いだからな」

「漁師だと、何なの?」

「金銭的余裕がある」

「なるほど」


 あっさりした味付けの、胃に優しい雑炊をゆっくり食べる千波を瞳に映し、耕平は友人たちについて説明する。


「智之――桃子の旦那は、役場勤めだ」

「昨日、唯一スーツ姿だった人?」

「そう。智之と、桃子と、ゆかと、慎太郎が小学校からの俺の友達。伸行は中学からだけど、あの性格だろ? すぐに仲良くなってさ。俺が札幌行って、社会人になった後も伸行とは連絡を取ってた。俺がこっちに戻ろうって気になったのも、あいつらがいるからだ」


 これが本題ではないと気付いているからだろう。千波は何も言わず、無言で先を促す。

 千波は機微に聡い。細かなことに気付いて、気を回す。だからこそきっと、人知れず疲れてしまうのだろうと、耕平は分析していた。


「あいつらには、千波の事情を話した方がいいと思うんだ。もちろん、千波が嫌なら話さない」

「耕平くんがそうしたほうがいいって思う、理由があるんでしょう?」

「うん。田舎だからさ、地域内の交流は、どうしてもある。俺以外にも千波のことを知ってる誰かがいれば、俺が気付けないときでもフォローしてくれる。……一人で頑張ろうとしなくて、いいんだよ」


 食事の手を止め、視線を落とした千波が、逡巡する様子を見せる。

 耕平は、それ以上は何も言わず、千波が出す答えを待った。


 食べ終わった食器をキッチンへと運び、水に漬ける。

 耕平の背中に、千波の温もりが寄りかかった。


「きっと私は、一人で頑張りきれなくて、こうなったんだよね」


 耕平が体ごと振り向くと、千波の瞳がまっすぐ、耕平を見上げる。


「許されるなら私、耕平くんと、生きたいな。だから……よろしくお願いします」

「うん。任せて。絶対、悪いことにはならないよ」

「耕平くんと、耕平くんが信じる人を、私も信じる」

「頑張るな、千波」

「ふふ。何それー。でも、うん。ありがとう」


 新しい年は、もうすぐそこ。

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