第12話 ゆっくり前進(SIDE千波)
千波の一日の中では、朝が一番忙しい。
家で仕事をする耕平の邪魔にならないよう、耕平が雪かきをしている間に掃除を終わらせ、朝食の支度をするからだ。
一人暮らしが長いからか、ずぼらな千波とは比べようもないほどに耕平はキレイ好きのようで。キッチンとリビングは物が少なく、スッキリとしている。
恐らく、見える場所に物が置かれているのが嫌なタイプなのだろう。
食料庫や、耕平が物置と呼んでいる納戸には物がたくさんあるのだが、片付ける場所が決まっていて整然としていた。
ちなみに冷蔵庫も、キッチンではなく食料庫に置かれている。
雪かきに出掛ける耕平を見送った後は、二階の寝室から掃除を始める。
乱れた寝具を整え、棚の埃を取り、掃除機をかける。
耕平があるべき場所に物を戻してくれるおかげで、日々の掃除はかなり楽だ。
二階が終われば、次は一階の掃除。
書斎は仕事場だけあって、生活空間と違い、物が多い。
掃除が終われば洗濯物を洗濯機へ入れて、朝食の支度に取り掛かる。
朝食の後片付けの後は洗濯物を干し、昼食までは自由時間。
ノートパソコンを借りてからは、この時間は村についての情報収集に当てている。
いつも正午になると耕平が空腹を抱えて書斎から出てくるから、それに合わせて昼食を作り、後片付けの後はまた自由時間。
午後は、リビングの窓辺に座り、雪景色を眺めることが日課になっている。
吹雪を見るのも、安全な家の中からなら結構楽しいものだなと、千波は思う。
「千波」
呼ばれ、小腹でも空いたのかなと思いつつ振り向けば、書斎から顔を出した耕平に手招きされた。
迷わず駆け寄ると、何故か耕平は幸せそうに微笑む。
嬉しくて、千波も思わず頬が緩んだ。
「昨日の写真が届いた」
写真を一緒に選ぼうと誘われて、書斎へ入る。
デスクチェアに座った耕平の隣で、立ったまま画面を覗き込もうとしたのだが、何故か耕平の、広げた脚の間に座らされた。
背中に温もりを感じながら、座面が広い椅子なんだなと千波は、心の中で感想をこぼす。
「協力隊のブログを見つけたの。カメラマンくん、二十八なんだね。若いね」
「俺と二つしか違わないけど」
「耕平くんも、二十七歳ぐらいに見えるよ」
「別に、若く見えなくてもいい」
カチカチという音と共に写真を確認しながら、会話する。
「地域おこし協力隊とかいう制度があるなんて、私、初めて知った」
「ニュース見ないタイプ?」
「言い知れない不安に襲われるから、見ない」
昨日、スーパーマーケットで協力隊という言葉を聞き、気になったから午前中に調べてみたのだ。
働き盛りの都会の移住希望者が、人口が減少している地域の地域活動に貢献して、地域力の維持と隊員の定住をはかる、国の制度らしい。
「知ってたら、千波も応募したか?」
「……しないかなぁ。だって、前向きに頑張れない。隊員の子たちのブログ、キラキラしてたもん」
「楽しそう、いいな。ではなく?」
「相容れない」
背後で噴き出して笑う音がして、千波は後頭部をグリグリと耕平の胸に押し付けた。
「それでね、カメラマンの人」
「小野田のケンちゃんな」
「ブログ名は、タケルになってた」
「本当は、健康の健って書いてタケルって読むんだ。ケンちゃんってのは伸行が呼び始めて、定着しちゃったんだよな」
「なるほどね。そのケンちゃんはどうやら、森野耕平に会いたくてここに来たらしいよ。知ってた?」
「知ってるよ。初めて会った時、泣かれたから」
「え! そこまで?」
思わず振り向けば、耕平は苦く笑って頷く。冗談ではないようだ。
「そんなにすごい人とは知らず、椅子にしてしまい、申し訳なく」
「嫁に来る気になった?」
「そこは関係なく。人柄に惚れてしまったけど」
「え、マジ?」
「好きじゃない相手とは、こんなにベタベタできないよ」
「そっか。……嬉しい」
首筋に耕平の唇が押し付けられ、そわりと、全身を走る幸福感。
千波が振り向けば、触れるだけのキスを交わす。
なんだか照れ臭くて、視線を絡めた二人は、同時に笑った。
※
年賀状の印刷ができたと、一枚のハガキを耕平から手渡された。
選んだ写真は、巨大雪だるまを囲んで耕平の友人たちと笑っている写真だ。
突然、恋人と二人の写真を送り付けるよりは、千波の状況を理解してもらうのに相応しいと思ったから。
写真に写っている人たちへの使用許可は、耕平が取ってくれた。
「ここの住所と電話番号は、印字しなかった」
電話番号を書けば、母はきっと、事情を聞くために電話をかけてくるだろう。
それを望むかは自分で選んでいいという意味だと理解して、千波はハガキを受け取った。
私は元気です。
生活が落ち着いたら連絡するので、心配しないでください。
送り主の住所欄には、「及川千波」とだけ、書いた。
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