リアルのある者、リアルのない者

カーボン:さて、この大陸アルテアでもなかなかギルドランクが上がってきたな!


アル:ですね! これは勝つる!


 俺たちは順調に討伐クエストも収集クエストもクラフトクエストもこなしていた。全ては順調、目的外のことは何も起きていない。


カーボン:さて、このまま行けば新大陸だってそう遠くないわけだが


アル:こーいうときに限って何かトラブルが起こるんですよねえ……


 トラブル、そう、例えば『妹がテストで赤点を取る』みたいなことだ。


カーボン:そうそう、そろそろ中間テストだろ? 成績どうだった?


アル:お兄ちゃん! ネトゲにリアルを持ち込むのは嫌われますよ?


 そう言って誤魔化そうとするが、俺にも一応妹の保護者としての務めもある。放っておくわけにはいかない問題だ。そして俺の妹はそれほど勉強が出来るわけではない。


カーボン:一応聞いとかないととんでもない点数取られる可能性があるからな


アル:まあ……順調とは言えませんが……大丈夫です! 中間考査ごときに屈する妹だと思ってるんですか!


カーボン:なんならボロ負けする可能性まで考えてるぞ?


アル:ひどい! 私はしっかり頑張ってるのに!


カーボン:はいはい、定期考査までネトゲは控えめにしような


アル:えー(´・ω・`)


カーボン:そんなこと言ってもダメ、大人しく卒業までは勉強してもらうぞ


アル:しょうがないですねー……ひとまず勉強しますかね……心配性のお兄ちゃんを持つと大変です


 なにを俺のせいのように言ってるんだよ! 100パー自己責任じゃねえか! まあいい、とりあえず勉強する気にはなったようだし問題無いだろう。


 そうして俺はアルの前で座って、この黄金の鉄の塊を眺めていた。案の定、10数分が経ったところでキャラが動き出した。すかさずtellを送る。


カーボン:勉強はどうしたのかな?


アル:ふぁ!? お兄ちゃんなんで私を眺めてるんですか!?


カーボン:こうなるような気がしたからだよ! 案の定じゃねえか! お前の集中力は一体何分持つんだよ!


アル:いいいえ!!! ちちっ違うんです! そう! たまたま分からない問題の解法を検索しようとしたらたまたまコントローラにあたっただけで!


 その割にはしっかりと俺のtellに即反応している。説得力というものが感じられない。もう少しくらい持つだろうと思っていた俺の期待を見事に裏切ってくれる。


カーボン:その割には饒舌だなあ? あとなんでギルド統括本部の方へ迷いなく走ろうとしたんだ?


アル:お兄ちゃんは細かいことを気にしますね! 私は勉強中なんですよ?


カーボン:はいはい、じゃあ勉強に戻ろうな?


アル:そんなー(´・ω・`)


 そうして妹を勉強に戻してから俺はその場でも出来る錬金スキルの練習をする。


 しゅうしゅう……じゅうじゅう……ポコポコ


 フラスコをバーナーであぶる、ポーションができあがる。錬金スキルの経験値が少しずつたまっていく。


 数個ポーションが出来た時点でまーたアルが動き出した。


アル:ちっ


 そのtellとともに動かなくなったのでおそらく俺の監視に気がついてPCから離れたのだろう。だったらtellを送るなというシンプルな疑問はこの際置いておこう。


 錬金スキルがレベルアップした頃、ポーションは1ダースどころではない量が出来ていたので倉庫に放り込んで元の場所に戻るとアルの姿がすっかりと消えていた。


 俺は頭痛を抑えながらアルに対してtellを送る。


カーボン:お前なあ……どこ行ったんだよ?


アル:ちょっとポーションの素材採集に、お兄ちゃんがどんどん作っているようなので素材が足りなくなるかなあと


カーボン:ギルド倉庫に大量にあるから心配ない、だからちゃんと安全地帯で放置しような?


アル:む……しょうがないですね、町の北門から入るのでギルドハウスへポータルお願いします


カーボン:分かったよ


 俺は都市内のポータルを開いて北門前に行く、程なくしてアルが帰ってきた。そうしてギルドハウスへポータルを開いて送り込む。


 ギルドハウスなら安全地帯なのは間違いないし、逃げたらすぐ分かるから問題無いだろう。


 なんで一から十まで世話をしているんだろうな……


 俺は自分の行動について考えながら一緒にギルドハウスへジャンプした。


 シュパンと俺たちの家へジャンプすると、アルは椅子に座って固まった。ようやく本気でやる気になったらしい、結構なことだ。


 俺たちのいつものプレイ時間の夜は時間が限られていて、その上大量に使えば明日にも響く、高校生は大人しく勉強をしておくべき時間だ。


 俺は調理スキルを使ってオムレツをコカトリスの卵から作ってアルの前に置いておく、本当に熱心に勉強しているのかそれに手がつけられることはすぐにはなかった。


 しばらくしてからやはり我慢できなかったのかPCに触れた時にオムレツを食べてINTにブーストがかかったのに何か思うところはあったのだろう、座り直して動かなくなった。


 俺は邪魔をしないようにハウス内の簡易炉で鍛冶スキルの強化を始めた。


 カンカン……トントン


 ブロンズインゴットがどんどんと増えていく、なんだろうな……アルより俺の方がアイツの試験結果を気にしているとは奇妙な話に思えるが、岡目八目という言葉もあるし端で見ている方が気になってしまうのだろう。


アル:お兄ちゃん! 眠い寝る! お休み!


 十二時を回ったころ、そのtellとともに素早くログアウトした、一夜漬けには多少時間が足りないが、赤点回避くらいの目標ならなんとかなるだろう。


 俺も2時頃になって露天用装備でキャラを放置した後眠りについた。


 翌日、株の前場が始まる前になんとか起きることが出来た。少しギリギリの時間だったが、妹がもうすでに登校したのが分かると、後は幸運を祈るしかなかった。


 そうして後場が始まろうかという頃、アルからメッセンジャーが届いた。


 サムズアップのスタンプ一つだったが、どうやら明らかに赤点のラインは回避できたのだろう。俺は安心してPCに向かう。


 結果としてトレードの結果はプラマイゼロといったところだった。やはりこういったものはメンタルに影響されるのか、妹からのメッセージが何もなかった前場は不安で損失を出したが、無事終わったとメッセージが届いてから安心してトレードが出来、損失分を取り返すことが出来た。


 後場も終わって、学校も放課後になった頃、妹が帰ってきたのが玄関の開く音で分かった。


 少ししてからアルとしてログインしてきたのでテスト結果はどうだったのかと聞いてみた。


アル:そりゃあもう完璧ですよ! ふふふ、私の才能が怖い


 自信満々なのだが一夜漬けの成果だと言うことを忘れないようにして欲しいものだ。


 とはいえ、頑張ったのは確かなので俺は昨日制作したエリクサーを一つテストの成功祝いにプレゼントしたのだった。


 なお、そのエリクサーが必要になる敵がこの大陸には居ないことを付記しておく。

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