作ってもワクワクしない!

アル:そろそろ私たちもこの大陸内でのギルドランク上がったんじゃないですか?


 ギルドランク、それはギルド統括本部がギルドのこなしたクエスト数に応じて決められるランク。このゲームプリミティブオンラインにおいては進行度を測るものであって、ネトゲにしては珍しく対人ランクではない。その意味ではランクというより階級と呼んだ方が正確なのかもしれない。


カーボン:そこそこってとこだな、そもそも低ランクのギルドは上がりやすいとはいっても二人じゃあなあ……


アル:新しい人は入れたくないですし……


カーボン:俺は別に構わんが……


アル:私がダメなんです!


 そういってプイとキャラにそっぽを向かれた、この調子でいけばそろそろなんだけど、二人じゃあしばらくかかってしまうなあ……


アル:お兄ちゃん、ちなみに今一番ギルドのポイントが手に入るクエストはなんですか?


カーボン:ああ、木剣128個の納品だな


アル:さあ討伐クエストに行きましょうか!


カーボン:クラフトクエストも慣れると楽しいのになあ……


 そんなことはまったく無視してアルはクエストボードへと歩いていった。


アル:お兄ちゃん! これどうですか? 「初心者向けクエスト、ボーナスあり」ですって!


 俺は内容を一通り眺めてからアルに答える。


カーボン:逃げ足には定評のあるハシリザルを64体討伐だな……木剣制作の方が楽な気がするが……


アル:微妙なクエストですね……なんでこんなのが初心者向けになってるんですか?


カーボン:クラフター自体が初心者向けじゃないからだろうな


 ニュービーは見た目が派手な役回りをやりたがる、縁の下の力持ちのタンクやヒーラーはそれほど人気ではない。一応タンクやヒーラーでも攻撃スキルはあるが、それを連発するタンクやヒーラーはあまり歓迎されない。


 まったく攻撃に参加しないというのもあまりいいことではないが、ヘイト稼ぎや回復を後回しにするのはよろしくない。そんなわけで派手な魔法やスキルをガンガン撃てるアタッカーが人気だ。


 多分このクエストも初心者アタッカー向けのチュートリアルみたいなものだろう。俺達みたいなギルドには向かないクエストだ。


アル:ちなみにこの大陸を出るのに必要なギルドランクまであといくらくらいですか?


カーボン:一応渡航船のチケットが手に入るくらいの金はあるぞ、もっともギルドランクが低いので渡航するとまともなクエストを受けられないので実質無理だが


アル:渡るだけならもうできるんですね……


カーボン:飢えて死ぬがな……


 新大陸への渡り方は二通り、クエスト「新しい大陸」を受けて支給されるチケットを使って渡る方法、もう一つは渡航船のチケットを金で買う方法だ。基本的にクエストで支給されるチケットを使うのが前提のゲームバランスになっているが、ぼっちへの救済策として金で買えるようなシステムになっている。


 とはいえ、新大陸ではギルドでの活動が基本、俺達にはあまり優しい世界ではないのだ。ギルドに加入していなければギルドクエストは受けられず、ギルドクエストが受けられないとストーリーが進まない、つまりはぼっちにはあまり優しくない仕様を実装したというわけだ。


アル:世知辛いですねえ……


カーボン:ギルドで囲えば辞めづらくなるからな、運営の深謀遠慮なんじゃないか?


アル:それは慮ってるとは言わないんですよね……


 確かに経営戦略がユーザに優しくないのは本当だ。しかしゲーム自体がサ終してしまっては元も子もないのでみんなそれを受け入れた上でプレイしている。経営に金勘定が絡むこと自体はどうしようもないし、それが資本主義というものだ。


カーボン:じゃあ木剣のクラフトクエストでいいか?


アル:しゃーないですね、あの逃げ足の速いモンスターを狩り続けるよりなんぼか楽ですね


 そんなわけで俺はクラフター向けクエストをボードから選択して受注をしたのだった。


カーボン:あ……


アル:どうかしましたか?


カーボン;これ……鍛冶師向けじゃなく木工師向けクエストだった……


 ちょっと考えれば木を金属を溶かす炉に入れられるわけがないのは分かりそうなものだが油断していた。俺もアルも木工師としてのスキルはそれほど高くない。


アル:どうします? キャンセル?


カーボン:待て待て、キャンセルすると今日の受注可能枠が一つ無駄に潰れるぞ、ここはじっくりと制作するべきだろう


アル:正気ですか! 私たちのスキルレベル知ってます?


カーボン:クエストをこなしながら上げればいいだろ


 アルはため息をつくモーションをしてから頷いた。


アル:しょうがないですね、付き合ってあげますよ。どうせいずれは全部カンストするのが目標ですし


 こうして俺達の木工クエストは始まった。基本的な成功率に関わるSTRとDEXがそれなりにあるのでそうそう失敗はしないだろうし、なにより木剣の素材の樫の木なら市販品があるのでそれほど苦労はしないだろう。そう思っていた……


 ボギッ

 樫の木×1を失った


アル:さすがにここまで失敗が続くとイライラしますね……


 現在木剣74個、ここまでに消費した樫の木材150個以上、その辺りから数えるのをやめたのでいくつロストしか正確な数は覚えていない。木工は他のクラフトクエストに対して制作失敗時の素材ロスト率がやたら高めに設定されていた。多分この辺りが鍛冶師などに比べてのリアリティという奴なのだろう……


カーボン:半分超えたんだしなんとかあと少し頑張ろうぜ


アル:まだ半分……まだ……はん……ぶん……


 死んだ目で作業しているのが画面越しでも伝わってくるくらい淡々と作業をこなすマシンとかしている亜るを眺めながら、俺はDEXバフをかけて成功率を上げながら制作していく。アルのほうは数をこなすことを目的にしているようで、単調なリズムでギイギイとスキルを使って加工していた。


 木剣が百個を超えた頃、アルは作業を止め、ログアウトした。窓の外を見ると空が白んできていたので少しでも眠る時間が欲しかったのだろう。


 俺は株の前場が始まる前に制作を完了しようとモンスターエナジーを飲みながらコントローラでバフをかけて作業していた。


 午前8時、ようやく世間の人々が動き出すであろう時間になってようやくノルマの128個を制作完了したのだった。


 その少し前にアルがちょっとだけログインして進捗を尋ねてきたが、問題無いの一言で片付け学校に行けと言っておいた。


ギルド管理官:うむ128本しかと受け取ったぞ!


 それと共にギルドの功績とアチーブメント「木工師入門」が解放されたのだった。


 俺はかすむ意識でPCの画面に向き合い、納品が終わったところでトレードアプリを起動させ経済活動に気持ちを切り替えるのだった。

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