はじめてのれいどぼす

 さてと……今日はボスの討伐だな。


アル:お兄ちゃん! ボス戦って燃えますね!


 俺たちの実力には到底およばないとはいえ、ギルドが一体となって戦うボス戦は初めてだった。ギルドクエストをこなしてなかったからな……


カーボン:気楽に行こうか、どうせ大した敵じゃないんだからな?


アル:しかし、初のギルドボス戦ですよ? 戦うならそれなりに力を出さないと!


 俺たちが力を出せばこの大陸アルテアに敵はいないというのに妙に気合いの入っているアルだ。


 ギルド戦と行っても難易度はかなりナーフされたボスが一撃で落ちるかどうかといった程度の難易度だ。その程度でビビるようなものではないと思うが……


アル:いいですかお兄ちゃん! 私たちの伝説の一歩になるんですから敵にも敬意を払わないといけません! 全力で殺しにかかりましょう!


カーボン:もう一回挑戦したら生き返ってる程度のボスだけどな……


 アルは一つため息をついて俺にダンジョンへのポータルを開くように頼んだ。ダンジョンは解放されているのでさっさと山奥の方にポータルを開いて飛び込む、アルも続いて飛び込んできた。


アル:そういう問題ではないのですよ! 1回目というのが重要なんです! だって本だって初版が重要視されるでしょう!


カーボン:そんなに大事かねえ……ま、ちゃちゃっとボスを倒して出てくるだけだし問題無いだろう?


アル:まあそうなんですけどね……実際このボス、ナーフされすぎてもう序盤の壁とか呼ばれてたのは見る影もないですし


 ここのボス、『ダークナイト』、まあデュラハンの亜種なのだが、実装当時はプレイヤー達に絶望を振りまいたことで評判になった。そのせいか弱小ギルドが大手に飲み込まれる事態が発生して、あまりにもそういった出来事が多かったせいでゲームの多様性がなくなると言われ、パッチのたびに弱体化されていったボスだ。今では初心者に動き方を教えてくれる先生役とまで呼ばれている。


 序盤に一人でも使えないやつがいれば全滅必至などと呼ばれたのも今は昔、すっかり弱体化の連続で丸くなったデュラハンのちょっと強いやつ程度の扱いになってしまった。


 まあそんなわけなので、ヒーラーでもレベルがカンストしていれば単騎で夢想が出来る程度の難易度になってしまったこのダンジョン『王家の墓』についても大抵のプレイヤーはクリア済みのギルドに入ることも多く、もっぱら活用されるのはギルドに入ったニュービーに役割を教える程度の利用しかされていない。そんなわけでボス戦まで直行しても他のプレイヤーとかち合うことすら無かった。


 俺は王室の鍵をドロップしたモンスターを眺めながら、こんなもんギルドクエストにしなくても良いんじゃないだろうかなどと考えながらボス部屋へ向かっていった。


アル:お兄ちゃん……いい感じに不気味じゃないですか?


カーボン:雰囲気だけはそうだな


 いくらおどろおどろしい雰囲気を醸し出そうが出てくる敵がヒーラーのワンパンで沈むので緊張感もクソもない状態だった。


カーボン:よゆーよゆー、敵らしい敵はいないな


アル:お兄ちゃんはもうちょっとムードを大事にしてくださいよ? ここは私の前に出て『俺が守るから』とかいう場面でしょう?


カーボン:少なくともヒーラーがナイトを守るのはどこに行ってもない光景だと思うぞ?


アル:はぁ……


 アルはため息のモーションを取ってから諦めたように敵に向けて範囲攻撃の技を使う、さすがは戦闘職というだけあって回復屋の俺とのレベル差を考慮しても効率よく敵がドンドンと倒れていく。


アル:お兄ちゃん! HPが減りました! ヒールください!


カーボン:1%も減ってるようには見えないんですがねえ……


 ヒール


 満タンだったゲージが光ってもやはり満タンのままであり、細かな数字を確認するには妹のPCを覗く必要があるが明らかに回復の必要がないのは理解できるのだった。


 そんな感じで苦も無く俺たちは『古の王室』の前にたどり着いていた、その辺にパーティがいれば辻ヒールでもしようかと思ったが、ここで苦戦しているようなパーティを見ることはいよいよなかった。


 ちなみにボス部屋はパーティごとに区切られて存在するため野良パーティとの共闘といった熱い展開は無い、そもそもここで苦戦しているパーティがいないのでソレもどうなんだという話ではあるのだが……


アル:お兄ちゃん……初めてのパーティでのボス戦ですよ? ドキドキしますね!


カーボン:安全地帯から舐めプするとものすごく嫌われるから気をつけろよ? ここのボスはNPCだからいいけどPvPでやったら対人のヘイトをものすごく買うぞ?


 しかし、妹様は余裕なのは知っているのだろう、俺の言葉を意に介した風も全く無かった。


 カチャリ、古の王室の扉が開かれた


 そうログに流れるとボス部屋が一つ生成され、俺たちはそこに放り込まれる。


ダークナイト:うごご……ここは王の御前、貴様らのいていい場所ではない……


 頭のない騎士の鎧がそう言うが、声はどこから出しているのだろうなどと気にしてはいけない、そもそもスケルトンですら断末魔のボイスがアルゲームだ、鎧が喋っても何もおかしくないな!


アル:お兄ちゃん! 来ますよ!


 アルの挑発


 ログに流れるとデュラハンさんは一つ覚えにアルに向けて突撃していった、ヒーラーをはじめに倒すのは戦闘の基本などと言ってもNPCには通用しない。もっともコイツも実装初期は一番耐久の低い相手から攻撃するとてもいやらしい敵だったらしい、そんな理不尽な存在がゲームに許されるわけもなく、今ではヘイトを一番稼いでいるキャラを狙うように仕様変更された。


アル:お兄ちゃん、回復ください!


 ヒールを使用した


 必至に苦戦している風に戦っている妹だが、俺はアルが攻撃する時に一々明後日の方向を向いているのを見逃さない、なんだろう……そっちの方がプレイングとして難しくないだろうか?


 しばらくゲージが満タンにしか見えないアルにヒールをかけていたが、そろそろ苛ついてきたので俺が殴りにかかろうとするとアルはスキル『バッシュ』を使ってボスを弾いた。


 多分自分がもっと活躍しているところを見て欲しかったのだろう……その気持ちは理解するが……


アル:ありゃ、死んじゃいましたね……アンデッドが死ぬのかは怪しいですが


 クソ雑魚ダークナイトくんは哀れにも一撃のスタン技のおまけダメージで完全にHPをゼロにして倒れた後に光の粒子になって消えていった。


アル:うぅ……もっと活躍したかったのに……


カーボン:諦めろ、命あるものは死ぬんだ、あのボスだっていつかは死ぬんだろう、それが今だっただけだ


アル:アンデッドが死ぬんですかね?


カーボン:じゃあ消えるでもいいけどさあ……


 兎にも角にも、こういう気の抜けるような倒し方でギルド『眠れる獅子』は初めての討伐クエストでのボスを撃破したのだった。


 ちなみにアルはその後しばらく敵にバッシュを使うのを封印していた。理由は知らないがよほど活躍したかったのだろう、無念な話だ……

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