むかしのおはなし

 妹がこのネトゲプリミティブオンラインにサインアップする前の話、俺は孤独な戦いを続けていた。


 ポコッ


 ワンドで殴る音が響く、当時はまだモンスターを一撃で倒せるようなことは無く、覚えたての『ファイアーボール』で敵を削りながら物理攻撃も挟んでようやく倒せていた。


 ヒールを使いながらあたりの敵を倒しきって一息つく、ステータスウインドウを開くがこれといって突出した値も無く、ごく平均的なこの大陸アルテアでのレベルだった。


 一息ついてキャラを座らせた状態になってから少ししてシャウトがログに流れてきた。


ミスティア:たすけてくださーい!


 俺は周囲を見渡す、一匹の砂漠トカゲに追われているキャラが見えた。


 俺は深く考えず追われている人にヒールを使う、逃げ切るまでくらいは助けてもいいだろうと思っていた。


 ポン


 その音とともにトカゲは俺にターゲットを変えて襲いかかってきた。


 一撃が重い……回復魔法をかけるとこちらにもヘイトが飛んでくるという基本をまだ知らない頃だった。


 そして少しした後、俺は地面に倒れていた。普通のモンスター一匹にさえかなわなかった、それがどうしようもなく悔しくて、強くなろうと誓ったのがその時だ。


 それから俺はスライムからワイルドウルフ、もちろん砂漠トカゲも、じょじょに戦う相手を強くしながら討伐を続けていった。


 比較的早くに首都周辺のモンスターは相手にならないほどに強くなった。しかし俺は満足しなかった、きっとここを出ればもっと強い、歯が立たないほどのモンスターがいるのだろう。


 それからも俺は雑魚を狩り続け、最終的にレベルをカンストした。かなりのリアル事情を犠牲にしたが、なんとか資産運用を合間にしていたので金欠になることはなかった。


 俺はただただ一人きりで強くなっていった、パーティメンバーなんてものは居ない、ギルドにも興味を持たず、強さだけを追い求めていた。


 レベルに対し明らかに少なすぎる経験値は努力でカバーした。手強い相手がいなくなり、ここで一番強いヒーラーになった。それで満足したわけではないが、システム上の限界に達したのでそれなりに達成感はあった。


 レベルがカンストして少しした後、俺はプリミア周辺で困っているプレイヤーにヒールをして助けたり、どこに行けばいいのか分かっていない人に次の行き先を教えたりもした。


 充実はしていたがどこか満たされない感覚を抱えたまま新しい拡張パックが追加されても俺がやることは変わらなかった。そう、アイツがこのゲームにサインアップするまでは……


 そのtellは突然だった。


アル:お兄ちゃんですよね?


 ?


 俺は突然のメッセージの驚いた、俺に感謝してくれるプレイヤーはそれなりにいたがこんなtellを送ってくる相手はいない。


カーボン:誰かと間違えてません?


アル:この前お兄ちゃんの部屋に行った時にこの名前でログインしてたのを見たんですが?


 なんだ!? これは本物の妹!?


カーボン:ゲームにリアルを持ち出すのはやめてくれないかなあ……


アル:やっぱりお兄ちゃんじゃないですか! 私もこのゲーム始めたんですよ!


 妹はそう言って話しかけてきた、久しく疎遠にしていたような気もする妹と、普段話さないようなことを語り合った、口には出せなくても文字ならなんとかなるものだ。


 そうしてしばらく話した後、アルは一つの提案をした。


アル:お兄ちゃん、ギルドを作りませんか? 是非そうしましょう!


 ギルド、プレイヤーが集まったもの、このゲームの多くの人はギルドに入っている、俺のようにレベルを上げているのにギルドに入っていないキャラは稀だった。


カーボン:ギルドかあ……コミュニケーション苦手なんだよなあ……


アル:だったら私と二人で組めば良いじゃないですか? 私はギルドクエストもこなしたいんですよ!


カーボン:お前ほどコミュ強ならギルドくらい入れるだろう?


アル:だってほとんどのギルドはギルドクエストクリア済みじゃないですか、一度終わらせたクエストをまたやってもらうのは申し訳ないと言いますか……


 やれやれ、俺もいずれはそうしなければならないんだろうな……


カーボン:分かったよ、ギルド立てるか、お金はちゃんとあるから安心しろ


アル:よし! それじゃあギルド名を決めますか!


カーボン:ああ、そういえばそんなものも決めなきゃな……


アル:テンプル騎士団とかどうです?


カーボン:どうですも何もメジャーどころはほとんど名前が登録済みだぞ?


 そうしてギルド統括本部でNPCに話しかけてギルド設立を依頼して申請フォームが出たところでまだ被らないギルド名を延々入力してようやく空いていたのが『眠れる獅子』だった。


 そしてアルはまだレベルが低かったので俺がパワーレベリングをして無理矢理底上げした。本来であればプレイングスキルがつかないのでよいことではないのだが、どうせ俺とアルしかいないギルドだ、野良パーティでも組まなければ不自由はしない。


 なお、それからしばらくプレイした後、アルは時々野良パーティに入っていることを知ってちゃんとしたプレイスキルを教えてやった。


アル:お兄ちゃん? どうかしましたか?


カーボン:いや、昔のことを思い出していただけだよ


アル:ふふふ……お兄ちゃんも私がここまで強くなるとは思ってなかったでしょう?


カーボン:そうだな、数日で飽きるかと思ってたよ


アル:酷いですねえ……まあ私にも才能が有るって事でいいでしょう


カーボン:何がそこまでお前を動かしたんだ?


アル:愛ですよ、お兄ちゃんへの……ね


 その言葉の真意は分からなかったが、確かに気まぐれでここまで育成できるほど甘くないゲームなのでその言葉に満足して次のクエストを探すのだった。

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