ワンドのナーフと出会いと別れ

カーボン:アル~装備がナーフされちゃったよ~


 俺が悲しむモーションを取るがアルの反応は冷めたものだった。


アル:お兄ちゃんのアレ、確かにこの大陸で手に入るもので最強でしたけど装備可能レベル50だったじゃないですか? 確かに初心者救済レベルの強さでしたけどそのレベルで持つようなものじゃないでしょ?


 俺のレベルはキャップまで到達した100だ、カンスト用装備なるものもあるらしいが、俺はこの大陸アルテアでは最強の装備を使っているが、新大陸編以降の装備からすればおもちゃのようなものだ。


アル:大体お兄ちゃんはお金持ってるんですからマーケットで買えば良いじゃないですか? もっと強いの一杯ありますよ?


カーボン:それはまあ、分かってるけどさ……思い入れってものがあるじゃん?


 俺からすればこのワンドは最初期のレベルキャップである50で使えるようになる初めてのエンドコンテンツだった。だからなんとなくここで最強なら良いじゃないかと使ってきたのだが……


 ここに来てこのレベル帯にて他の武器に比べ――初期――ゲームバランスが雑だった頃に実装された大味な使い勝手をしていた。


 スペックとしては魔法極振りでスペルスピードと回復及びダメージ量が増加する代わりに体力と力がそこそこダウンするというピーキーな仕様だった。


 安定を取る現在からすれば特にキャラの耐久が落ちてアタッカー以上に倒れてはならないヒーラーからすれば体力の減少は見過ごせないものだった。


 しかし最近50レベル付近のレベリングが非常に楽になるスキルが実装され、このワンドとの相性が抜群と言うことでナーフの憂き目に遭うことになった。


アル:お兄ちゃん、買ってあげましょうか? ソレと同じスペックの装備なら私でも変えますよ?


カーボン:いやあ、コイツと長い付き合いになるからさあ、なんか他のものにしたくないんだよな


 ちなみにダウンするステータスについてはレベルアップでそれを十分にカバーできるほど強くなっていたため武器のスペック自体は問わない、極論すればアルテアにおいて俺は木の枝一本持っても敵らしい敵はいない。なんなら全ステータスが多少ダウンしようが討伐クエストで苦戦することはない。数をこなせないのは問題だが……


アル:はいはい、イミテーションレンズもあげますから見た目も変わらないですよ? それにお兄ちゃん……一つ聞きたいのですが……


 イミテーションレンズ、装備品の形を別の装備に変更するアイテムだ、普通はPvPでの戦略偽装などに使うが、普通に自分から見たグラフィックも変わるので趣味で集めた装備の姿だけを変えている人もいる。


カーボン:なんだよ?


アル:妹からのプレゼントが気に食わないとは言いませんよね?


 う……そう言われたら断った時に畜生の所業みたいじゃないか……しかしこのワンドは初めての大陸制覇記念で……


アル:まあなんにせよ、マーケットに行ってから考えましょうか?


 そんなわけで首都プリミアのマーケットにやってきた。マーケットといっても商人キャラが露店機能を使って放置プレイをしているだけだ、NPCの店は無い、というよりも商売敵がいないからこそ商人が集まることになったのかもしれないと思っている。


 つまりはマーケットというのは公式の呼称ではなく、倉庫キャラ等を放置するのに一番都合がいい場所に集まってそう呼ばれ出したものだ。


カーボン:しっかし、マーケットは来ると毎回処理落ちするなあ……


アル:お兄ちゃんリアルマネーもそれなりにあるんでしょう? 素直に廃スペを一台買ったらどうですか? 私の微妙なスペックのPCでもちゃんと表示されますよ?


カーボン:俺のだってスペックが低いわけじゃないんだよ……ただ少しGPUが汎用性に振ったものだと言うだけで


アル:普通にゲーミング用買えば良いじゃないですか? そんな描画以外にGPUを使おうというのが間違ってるんですよ!


 そんなことをtellで送ってくるアルだが、俺は安定性を重視しているので不安定な高熱になったり、ここぞという時に落ちたりするようなパーツを使うわけにはいかない。


カーボン:いいから装備探そうぜ、俺の環境を問題にするのはやめてくれ……


 アルは頷くモーションをして、キャラの身体を四方八方にぐるぐる回す、どうやら商人達の商品を物色しているようだった。


アル:お兄ちゃん! これどうですか?


 そう言って商人の名前をtellしてくる。俺はそのキャラにカーソルを合わせてクリックする。


 うわ……ワンド勢揃いって感じだなあ……


 驚くような品揃えだった。初心者向けのレベル1から装備できるものから、レベル60以降にならないと装備できないようなそれなりの高品質品まで揃っていた。


アル:ディバインワンドっていうのどうです? レベル60から装備ですし、INTやスペルスピードの増加も申し分ないですよ!


 カーソルを合わせて情報を見ると確かに高性能なワンドが表示された。欠点として1%の経験値の減少というものがあるが、レベルカンストしている俺にはまったく問題にならない。


 俺とアルがそのプリースト専門店を凝視していたせいか、たまたまその商人キャラが放置されていなかったのだろう、俺にtellを送ってきた。


†漆黒の騎士†:私の商品に興味がおありですか?


 名前については触れないようにしてそれについて答える。


カーボン:ええ、今使ってるやつが下方修正されるので新しいのを探しているのですが


†漆黒の騎士†:でしたら是非私から買ってください! なかなか処分が進まなくて困ってたんです!


 処分? 頭に?が浮かびつつ返答を考えているとアルからのtellが飛んできた。


アル:お兄ちゃん? どうしたんですか? 急に黙って


カーボン:今†漆黒の騎士†さんと話してる


アル:なる、後で結果教えてくださいね!


 そういって座り込んだアル、どうやら詮索する気は無いようだ。


カーボン:あの……処分っていうと……


†漆黒の騎士†:お察しでしょう? 引退しようかと思ってまして、育てたキャラを削除するのも忍びないのですが、せめて受け渡しの出来る装備くらいは人に使ってもらおうと思いまして……


 ネトゲの引退理由は人それぞれだ、それについて深くは訊かない。


カーボン:そうですか……よければワンドを一つ譲ってもらえますか? 大事に使うので


†漆黒の騎士†:ありがとうございます! お代はお気持ちで結構ですよ、どうせ消えるアカウントにお金がたくさんある意味は無いですからね


カーボン:しかし……出品から見たところレベルキャップまでプレイしてはいないようですが……削除にためらいは無いんですか?


†漆黒の騎士†:ない……とは言えませんね……さっぱり無ければこうして所持品の処分なんてせずにアカウント消しますから


カーボン:そうですか……あなたが決めたならしょうがないですが、少し寂しいですね


†漆黒の騎士†:そう言ってもらえるだけで十分ですよ、私のプリーストとしての能力が足りないのは事実なのでどうしようもないですから


カーボン:その様子だと、ギルドから追い出されたって感じですか?


†漆黒の騎士†:ですです、この前ボスの討伐クエストで5回くらい全滅しちゃって……お前は使えないって名指しで言われたんです


 なんともやりきれない話だが、それよりも気にかかることがある。


カーボン:あの、それは本当にヒーラーが原因の全滅なのでしょうか?


†漆黒の騎士†:どういうことです?


カーボン:タンクがタゲを漏らしたり、地雷を踏み抜いたり、そのレベル帯だとプレイヤー全員のスキルが要求されますからね、ふつう一人のせいにはしませんよ


 驚いた様子の相手だったが俺も攻略サイトで予習しただけなので偉そうなことは言えたものではない。


†漆黒の騎士†:そういえば、あの時のタンクさん、随分とこちらへ敵ヘイトを漏らしてましたね、しかし……それが悪意があるとは思いたくないのですが……


カーボン:実際ないんだと思いますよ


†漆黒の騎士†:え?


カーボン:悪意は無くても原因は必要ですからね、その時はたまたまあなたが一番に落ちたとか、蘇生を後回しにされたとか、そんな理由で除名するギルドなんてざらですよ


 俺がこのアルテアから出ないのは昔野良パーティを組んだ時に思い切り責められて、次は文句をつけられないように強くなってやる、という理由もある。


†漆黒の騎士†:そうですね、私もここまで詰められたのは初めてだったので冷静になれなかったのかもしれません……


 俺は励ましのモーションを入力する。


†漆黒の騎士†:もう一度、やり直すことは出来るのでしょうか?


 俺の答えは決まっている。


カーボン:ネット上では何回だって死ねるんですよ? 終わらせたり再開したり振り出しに戻ったり自由自在なのがネットじゃないですか?


 †漆黒の騎士†さんはすこし間を置いてからtellを返してきた。


†漆黒の騎士†:ありがとうございます! その……別のギルドを探してみます……申し訳ないですけど取引は……その……無かったことに……


カーボン:構いませんよ、いずれまたどこかで会う機会があれば


 そう送信して手を振ってサヨナラの挨拶をした。


 †漆黒の騎士†さんは微笑むモーションをしてからログアウトしていった、きっとあの人もメインキャラに戻っていることを望みながらその消滅を見送った。


 ――その数分後


アル:なるほど、それに下心丸出しで優しくした結果安く買える機会を逃したというわけですか?


 アルさんはとても怒っていらっしゃった。


カーボン:ゲームの将来性への投資と言って欲しい


 俺の不平も意に介さずアルは一言送ってきたのだった。


アル:お兄ちゃんは私が引退するといったら同じように止めてくれるんですか?


 俺の答えは決まっている。


カーボン:当たり前だろ? たった一人のギルドの同僚だぞ?


 アルは喜ぶモーションを取って結局買い物が出来なかったのにどこか嬉しそうに見えるのだった。

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