灰被りの城「シンデルラ」
ぬいぐるみが動いている……。街には優雅な曲が流れており、ぬいぐるみたちはそれに合わせて踊っている。
「どうしたんだい、呆けた顔をして」
「ぬいぐるみの街……?」
「御名答! ここは灰被りの城とその城下街。音楽と踊りが大好きで、みんな年がら年中、夜の12時まで街で舞踏会をしてるのさ。もちろん、1番美しいのは」
「こんにちは。観光かしら。……
「っ! こ、こんにちは。えっと……自分の名前が……思い出せなくなってしまって、手がかりを探しにこの世界を巡っています。……ぬいぐるみじゃない、んですね」
声をかけてきたのは金色寄りの栗髪の、美しい女性だった。水色をベースにしたドレスにガラスの靴を履いている。
――この人も……知っている童話の主人公だ。……でも、やっぱり名前が……。
「やぁ、シンデルラ嬢。今日も街で1番美しいね。踊りも一層輝いて見えるよ」
「案内役……そう、アナタは案内役のお客様なのね。ああ、ワタシはぬいぐるみではありませんが、皆と同じように人形です。……球体関節人形、といったらわかりやすいかしら」
たしかによく見ると指や手首などの関節に普通の人間にはない継ぎ目や球体がある。
「シンデルラ! ……あら、小さいアナタは見ない顔ねぇ、観光? 『人形の涙』なら向こうに宝石商の人形がいるけれど案内が必要かしら? それとも一緒に踊ってさしあげましょうか? ま、その小ささじゃあ手をとって踊るなんて到底無理でしょうけれど!」
ずいっとシンデルラを庇うようにして前に出てきたのは紫色のドレスを着た、やや釣り目の球体関節人形だった。
「
「そうなの? ……ふぅん。案内役、しっかり手綱を握っておくのよ。あまり厄介なことは起こさないでね! 可愛いシンデルラに何かあったらあのコに言いつけてやるんだから!」
「あはは、肝に銘じておくよ」
ふん、と鼻を鳴らして彼女は踊りながら去っていった。何か急ぎの用があるらしい。
「……ワタシは踊らなければなりません。アナタの名前さんも見ていませんし……まだ舞踏会に参加していない子どもたちに聞いてみるのが良いでしょう」
シンデルラが手を2回、パンパンと叩いて、少し大きな声で子どもたちを呼んだ。ぬいぐるみの子どもたちはキャーキャー言いながらシンデルラに駆け寄った。慕われているようだ。
「この方のおはなしをよく聞くのよ」
子どもたちは元気よく返事をした。
子どもたちに、名前の手がかりを知らないかと尋ねると、みんな首を傾げてしまう。
「見た?」
「ううん、わたし見てないよ」
「僕も知らなーい」
「ねーねーつまんないよー、おどろうよー」
飽きっぽい性格らしいうさぎのぬいぐるみの子がぐずりだした。困っていると、案内役が助け舟を出してくれた。
「人形の涙とか灰被り城の童話とか聞かせてほしいなあ。
「そーなのー? しかたないなあー、わたしが話してあげるね!」
このお城が建てられたのは今からずっと前! むかしからこの街は歌とか踊りとかが大好きで、年に1回大きな舞踏会が開かれていたんだって。お城の王子様のためにたくさんの人形師が歌える、踊れる人形を作って、プレゼントしたの。王子様は小さい頃にご家族を亡くされて、代わりにお母様とお姉様ふたりを模した人形と住んでいたんだけど、それもプレゼントの中からお選びになったらしいよ。でね、その日の夜、お城の前に、ボロボロだけど綺麗な人形が放置されてて……。ちょっと休憩に城を抜け出した王子様が見つけたんだって。それがシンデルラ様。
シンデルラ様を造った人形師は、愛想がないとかつまらないとかで、壊して捨てたんだ。許せない……。王子様はその人形師を追放した。シンデルラ様は、ボロボロの身体の自分を守ってくれて、怒ってくれた王子様に、すこしずつ心を開いていったの。
メンテナンスしたらね、見たこともないくらい美しくって、歌も踊りもすごく上手にできる人形だった。一筋涙を流して、あおい宝石がうまれて……それが人形の涙よ。愛を知った人形がメンテナンスをすると生まれる希少な宝石なんだよ! すごいでしょ。
王子様は、捨てられてもうメンテナンスしても治らない人形たちを燃やしてその灰をお城に保管することにしたの。優しいでしょ。それで灰被りの城って名前になったんだって。それから、シンデルラ様のために人形の国を造ったの。それがこの国よ。……その王子様はね、人間だから、もう亡くなられたんだけど、人形たちと一緒に眠ってるの。シンデルラ様は王子様の家族の人形と仲良く協力して、王子様と人形たちの灰をずっと守ってる。もちろんこの国のことも、ずっと守ってくれてるんだよ。だからみんなシンデルラ様のことが大好きなの。
やはり、自分の知っている童話とは違う。けれど、心があたたまる話だった。
「いい話だね」
「そうでしょー! わたし、このお話がいちばん好き!」
わたしもー、ぼくもー、とまわりの子どもたちも楽しそうに笑った。ぬいぐるみでも表情って分かるものなんだなと
それを許さなかったのは案内役の方だった。
「あぁ、子どもたち、
「っ! 話さないよ! ……話したらどうなるか、知ってる、のに、どうして」
案内役は何も答えなかった。ただ愉しげに、そう、また、あの三日月のような笑みを浮かべる。何も知らない子どもたちが不満げな声を出して、
「ええーっ! なんでー!」
「聞きたい聞きたい!」
「どんなおはなしー?」
「……………これを話したら、こわい目に合うよ」
「いいよー! ぼくら人形だしまだ綿も新品だから大丈夫!」
「そうだよそうだよ!」
「話して話して!」
――もうどうなっても知らない。
その時、
むかしむかし、あるところに綺麗な少女が住んでいました。お母さんが死んでしまって、その後父が再婚して、継母と義姉がふたりが家にやってきました。そして、少女を小間使いのように扱い、灰被りという意味の名前で呼んでいました。
ある日、お城で舞踏会が開かれることになりました。継母と義姉ふたりは、にたくさんの仕事を押し付けて、舞踏会に
「0時に魔法が解けてしまうから、その前に帰ってくるんだよ」
舞踏会に行くと誰もが
一方、王子様は
意地悪な継母と義姉ふたりのところにもやってきましたが、誰も靴には合いません。物陰から覗いていた
子どもたちが顔を見合わせて悲しそうにした。こっちが本物の物語なのに、この世界の住人はどうしてみんなそんな顔をするんだろう。悲しそうな、怒っているような、つらそうな、そんな顔。……この話の場合、意地悪な登場人物たちが罰を受けていないのが嫌なんだろうか。
「これも色んなパターンがあって、ガラスの靴じゃなくて銀と金の靴だったとか、魔法使いじゃなくてハトとか木とか……ああ、義姉たちが踵や爪先を切り落として、なんとか靴に合わせようとするんだけどストッキングに血が滲んでバレたとか、王子様との結婚式の時に
「ちがうよ!」
「おかしいよ!」
「継母様と義姉様たちがいじわるするわけないじゃん! みんな幸せな世界が――。」
子どもたちが虚の
「何事ですか!? あ、ああ……街のひとたちが……そんな……子どもたちまで……!」
「……名前の手がかりのためです」
許してとは言わない。許されない、から。
「――――今すぐここを去りなさい! 人形たちを大事にできない人間がここに存在してはいけない!!」
金の瞳が鋭く貫く。
その視線に射殺される前に、と案内役と
「この調子で集めればすぐわかるさ!」
案内役はなんだか嬉しそうだ。
逃げた先は海だった。白い砂浜に波が寄せたり捌けたりしている。……次のアルファベットは、なんだろうか。どんな童話人がいるのだろうか。潮風の冷たさを肌で感じながら、依然小さな姿の
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