オカシの家「ヘンテルとグレーゼル」
これはまさにお菓子の家だった。あの物語に出てくる、誰もが一度は夢見たお菓子の家。……でも物語の通りなら悪い魔女が……。
「やっと帰ってきた〜!! ヘンテルぅ、グレーゼルぅ! もぉ、あたしを置いていくなんてひどいじゃないの〜!!!」
ドアが勢いよく開いく。どうやら彼女が悪い魔女……らしい。
「あら? おきゃくさんなんて珍しい! さぁさおあがりになって! あたしがとびっきりのお菓子でおもてなしするわ!」
その格好はまさに魔女。濃い紫の帽子にスカート姿。片手には魔法の杖……ではなく、キャンディケインが握られている。しかしその姿は魔女というにはあまりに幼い。……10歳に満たないような見た目である。
「ヘンテル、グレーゼル! ココアをお出しして! 案内役にはあんまり熱いの出しちゃだめよ」
「「わかったよ」」
双子はお菓子の家の奥に駆けて行った。中に通されたので大人しくそれについていく。ビスケットのテーブル、マシュマロのソファに砂糖のガラス……お菓子の家は中身もお菓子だらけだ。
「魔法がかかっているから溶けてベタベタになったり壊れたりしないわ、心配しないで」
魔女は無邪気に笑った。
「ところで、人喰いの森には何か用だったの? あそこの森は人間が立ち入ってはいけないの。……案内役は知っていたでしょ?」
案内役は、僕は何も知らないさと答えた。
とりあえず、空から落ちてきたこと、自分の名前や物語の名前が思い出せないこと、その手がかりを探していること、何故か森が頁だらけになってしまったこと、白頭巾に殺されかけたことを話した。
「そう。……あなたの名前さんねぇ、あたしも見てないないわ。ヘンテルとグレーゼルにも聞いてみましょ!」
「あ、そうだ。
案内役に差し出された白い頁の、その隅に小さな文字があった。アルファベットの『u』だった。
――これが手がかり……?
「ココアを持ってきたよ!」
「熱いからお気をつけて!」
双子がココアをテーブルに置く。マシュマロをそっと浮かべてちょっとだけシナモンパウダーをかけた。
「「元気が出る魔法のココアさ★」」
「あ、ありがとう……いただきます……。おいしい……!」
「ヘンテルとグレーゼルはあたしの自慢の弟子だもの! ヘンテル、グレーゼル、あなたたちこの子の名前さんを見かけてない?」
双子は顔を見合わせて、同じ方向に首を傾げた。
「「名前さん?」」
「見てないなあ」
「見てないねぇ」
双子が案内役に視線をやったが、案内役は特に反応を示さなかった。ココアをひとくち口に含み、あちっと舌を出した。
「……あの、良ければこのエリアの物語も聞かせてもらえませんか?」
「いいわ! 童話人はね、おはなしが大好きなの。あたしのおはなしが終わったら、あなたのおはなしも聞きたいわ!」
魔女は笑って話してくれた。
ここはオカシの家。人喰いの森ができる前から魔女はそのもっと奥の森にひとりで住んでいたの。……こう見えて1000年生きてるの! すごいでしょう?
魔女は町にお菓子を配りに行くのが大好きなの。町の童話人も、童話人たちの笑顔も驚く顔も、大好き。ある日、ヘンテルとグレーゼルの家にお菓子を配りに行った。……とても貧しい家の子だったの。お金の話じゃないわ、心が貧しいってことよ。この子達の親はね、子どもを疎ましく思うようなロクデナシ。あたしのお菓子も、口にするような童話人じゃなかったから、その場でお菓子を踏みつけられてねぇ、ショックだったけど、どうしようもなかった。魔女の力はお菓子を食べてくれた童話人にしか使えないのだから。
ふたりはボロボロだった。きれいに外側を繕ったって、中身はもう腐ってて、空っぽになる寸前で……素敵な笑顔ひとつ見せてくれないの。……だから、拐ってきちゃった。
最初は怯えていたし、心をひらいてくれなかったし……彼女たちはオトナが好きじゃなかったから、こうして子どもの姿になってるの。最初はクッキーの型抜きとかチョコペンでお絵かきとか、そんな感じでお菓子を作ってみんなで食べて……心をひらいてくれた。
ヘンテルは賢いお姉ちゃん。物覚えが良くて、すぐにお菓子を作れるようになった。
グレーゼルは天才型の弟ちゃん。分量なんて考えないで、ただ好きなようにやったわ。
ふたりが作るお菓子は、とっても素敵な魔法を持っていたの。自分以外の誰かを、幸せにできる、幸せにしたいと願えるあの子たちのココロの魔法。……拐ってきたのは正解だった。オカシの家のお菓子が町で人気になると、ロクデナシはヘンテルとグレーゼルを連れ戻そうとしたり、あたしを誘拐犯……ま、実際そうなんだけどね、悪い噂を流したりして。でもヘンテルとグレーゼルがね、正式に弟子入するって行ってくれて……魔女とヘンテルとグレーゼルは幸せに暮らしているの、オカシの家でね。……そんなおはなし。
双子は追加のお菓子を取ってきて、今度は新しいカップに紅茶を注いでくれた。
「「いいおはなしでしょ? 魔女はとってもすごいのさ。自慢の師匠だからね!」」
ジンジャークッキーと紅茶のいい香りがふわりと空間を流れる。……今、あの『
「……僕、
案内役が三日月のように口角をあげた。
「あなたもおはなしを知っているの? 聞かせて! 大丈夫、どんなおはなしだって最後はめでたしめでたしなんだから――あら?」
首を傾げた魔女の様子には気が付かず、
貧しい家がありました。その家は両親と
魔女は
「どれ、そろそろ太ったかな。
「……母親のほうは先に病気で死んでしまっていて、父親と3人で暮らしたってパターンもあった気がします」
「そう……なのね。ところであなた、自分が小さくなっていることには気付いているかしら?」
「え!? ほ、ほんとだ……話すのに必死で……」
「ヘンテルさん、グレーゼルさん……あの……」
「「魔女は悪い魔女じゃないよ!!」」
双子がテーブルをひっくり返す勢いで立ち上がった。カチャンッと紅茶のカップが音を鳴らす。テーブルの上のお菓子があっという間に虚の
「✕✕✕✕だって?」
「✕✕✕✕✕だって?」
「「そんな物語認めない!!」」
「やめなさい! ……それはあなたたちの物語ではないわ、ヘンテル、グレーゼル。
案内役が舞う頁を1枚さっと引き抜いて懐に仕舞った。
「……でもごめんなさい。早くここから出ていって。子どもを捨てた親が最後にその子たちとハッピーエンドなんて……ヘンテルとグレーゼルが壊れてしまうから、その前に、早く」
魔女は小さい姿のままの
「…………お菓子、美味しかったです。ありがとうございました。……さようなら」
「……案内役、あのコにあとでお菓子を届けるって伝えてね」
「まぁた伝言かぁ。みんな好きだね。覚えていたら伝えておくよ」
頁の嵐をどうにか抜け出して、小さくなった
案内役のあとをついていくと、大きな城が見えた。洋風の、立派な城だった。
「
「……今度は『n』?」
「キミの名前さん、かくれんぼが上手だね。こうやって辿ればきっと見つかるさ、気長に行こう。あと、キミの姿も戻さないとね。……キノコとかドリンクがあれば早いんだけど」
愉しいね、と案内役は城を見上げて呟いた。手がかりを探すために、まずは城下街から聞き込みをすることにしたのだが、
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