人喰いの森「しろずきん」

 目隠しを外して現れたのは光のない白い瞳。赤い頭巾をかぶった白頭巾はちょっとだけ笑った。

「……私、盲目なの。貴方たちから嘘のにおいがしないっておおかみさんが言ってるから、今回だけ許してあげる。探し物は、なあに?」

「……自分の名前が、思い出せなくて、その手がかりを探しています」

未登録迷子Unknownの名前さんを見かけていないかい? どこかに落ちてたりとか」

「……私は見ていないけれど……他のコたちにも聞いてみましょう。ここには動物たちがたくさんいるもの、誰か見ているかも」

 名前がひとりでに歩き出すわけはないのだが、案内役の言葉に白頭巾は違和感がないようだ。この世界ではどうやら名前は生き物のように勝手に動き回るのが普通のようだ。


 森を探索しながら未登録迷子Unknownは白頭巾に尋ねた。

 「あの、なぜここは人喰いの森なんて物騒な名前がついているのですか? それに白頭巾、さん、は赤い頭巾なのに……」

「……何も知らないのね。いいわ、教えてあげましょう」

 白頭巾は狼に抱かれながら、このエリアにまつわる話をひとつしてくれた。


 この森の入口には、白い頭巾をかぶった女のコと、そのお母さんが住んでいて、森の奥にはおばあさんが住んでいたの。白い頭巾をかぶった女のコは生まれつき盲目で、疎まれていたから……そう、印みたいなものね。森の中で真っ白な頭巾をかぶった人間がいたらいじめてもいいわって。しろずきんちゃんと呼ばれていたその女のコは、生きていることがもうつらくてつらくて、でも他に行く宛なんてないし、死ぬのだって怖いものだから、動物たちと仲良くすることで気を紛らわせていたの。動物たちは盲目だなんて気にしなかったから。案内してもらったり、秘密の花畑を教えてもらったり。

 ある日、おばあさんが体調を悪くして、お母さんが女のコにお見舞いに行くように命令したわ。……女のコはその時もひどく殴られていて、もう限界だったの。シカからもらったりお守り代わりの角を削ったナイフでお母さんを刺し殺してしまった。女のコは、おばあさんも殺してしまおうと考えて、おばあさんの家へ向かったわ。

 その途中、女のコは人間嫌いの狼と出会う。インクの匂いがする女のコを、狼は不思議に思ったけれど、よくよく事情を聞くと、同情してしまった。それで、狼は一緒におばあさんを殺そうって協力することにしたの。

 おばあさんを噛み殺して、おばあさんを助けに来た狩人は女のコが刺し殺して、この森には女のコ以外の人間は誰もいなくなった。女のコは自分を救ってくれたこの森に恩返しをしたくて、森に立ち入った人間たちを殺していった。真っ白だった頭巾はいつの間にかインクの色……真っ赤に染まっていたんですって。真っ赤な頭巾のしろずきんちゃんと森の生き物たちはこうして今も幸せに暮らしているの。……おしまい。


 未登録迷子Unknownはちょっと背筋を凍らせて、案内役は愉しそうに物語を聞いていた。白頭巾は目隠しを巻き直す。

「……あなたが、その……『しろずきん』なんですか……?」

「そうよ。私がしろずきんちゃん。動物たちや植物たちとお話しすることができる童話人。……ここがお花畑よ。ここなら開けているし、動物たちも集まりやすいでしょう。……みーんなー!! ちょっとお話しを聞きたいのー!! 協力してちょうだーい!」

 白頭巾が空に向かって叫ぶと、ものの数分でたくさんの動物や虫が集まってきた。

「誰か未登録迷子Unknownの名前さんを見かけたり、拾ったりしていないかしら。おおかみさんと案内猫がいるからこの人間は大丈夫よ。……でももしみんなに悪い事をしたら、私が殺してあげるから……心配しないで。さぁ、早く名前さんの手がかりを集めて追い出しましょう!」

 それから白頭巾が集まった動物たち一匹一匹に聞いていき、植物たちにも聞いていき、けれど誰に聞いても知らないらしかった。

「はぁ……ごめんなさいね、誰も知らないみたいなの」

「いえ……あ、そうだ、自分の住んでいたところにも有名な童話があって」

「へぇ、聞かせてちょうだいな!」

 童話人は童話が大好きだ。名前が見つからなかった落胆を紛らわすために、自分の知っている童話を話すことにした。


 むかしむかし、あるところに、赤い頭巾をかぶった少女✕✕✕✕✕が住んでいました。少女✕✕✕✕✕は森でお母さんと住んでいて、ある日おばあさんが病気で体調を崩しているからお見舞いに行ってほしいと頼まれました。

 少女✕✕✕✕✕はおばあさんのお見舞いに行く途中に狼と出会います。狼はおなかが空いていたので、少女✕✕✕✕✕を食べようと思いましたが、少女✕✕✕✕✕からおばあさんの話を聞いたので、おばあさんを食べてからお見舞いに来る少女✕✕✕✕✕も食べてしまおうと考えました。

少女✕✕✕✕✕ちゃん、向こうにお花畑があるよ。きれいなお花を摘んでいったらおばあさんも喜ぶんじゃないかなあ」

「そうね、ありがとう狼さん!」

 こうして狼は先回りをして、少女✕✕✕✕✕の声を真似て家に入れてもらうと、おばあさんを丸飲みにしてしまいました。おばあさんの服を着てベッドに入って少女✕✕✕✕✕が来るのを待ちました。

「こんにちはー、おばあさん!」

「……お入り、少女✕✕✕✕✕ちゃん」

 狼はおばあさんの声を真似て少女✕✕✕✕✕を中に入れました。

「よく来たねぇ。もっとよく顔を見せておくれ」

「はい、おばあさん。……ねぇ、おばあさん、おばあさんのお耳はどうしてこんなに大きいの?」

「それはね、お前の声をよく聞くためだよ」

「おばあさんのおめめはどうしてこんなにギラギラしているの?」

「それはね、お前の姿をよく見るためだよ」

「おばあさんのお口はどうしてこんなに大きいの?」

「それはね、お前を食べるためさー!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 少女✕✕✕✕✕は狼に丸飲みにされてしまいました。おなかがいっぱいになった狼は眠くなって、そのままベッドで眠ることにしました。

 おばあさんの家を通りかかった狩人が、扉が開いていることに気がついて中を覗くと、なんとおなかが膨らんだ狼が眠っているではありませんか。狩人は狼のおなかを切り裂いてふたりを救出しました。


 白頭巾は黙って聞いていた。

「狼の最後は何個かパターンがあって、石を詰められるとか、猟銃で撃たれるとか、針を詰められるとかで逃げていくか死んでしました、って感じだったと……」

「………知らない」

「え?」

「知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らないッ!!!!」

「っ!? し、白頭巾さん!?」

「おおかみさんが死んでしまう物語なんて! おおかみさんが傷つけられてしまう物語なんて!! 知らない知らない知らない!!! そんな物語要らないわ!!!!」

 取り乱す白頭巾の眼の前でさらなる事態が。

「……え?」

 動物たちがパッと虚のかみきれに変わった。木が葉を落とす代わりに頁を落としていく。混乱したのは未登録迷子Unknownも同じだ。……案内役はただ面白そうに笑っていた。

「……信用するんじゃなかったわ。貴方たちは有害ね。私の物語を奪っていく。貴方の名前なんてどうでもいいわ。消えなさい」

 白頭巾が狼の手からふわりと降り立って、冷たく言い放つ。それを合図に木の根が迫ってきた。巨大な狼が牙を剥き出して追撃を始めた。

「っ、は、なん、なんでこんなことに!?」

「……さぁね?」

 避けきれなかった狼の鋭い爪が未登録迷子Unknownの背中を切り裂いた。血が舞う。鉄臭い、痛い、傷が熱を持ってじくじくした。

「その人間を殺して!!!」

 白頭巾が叫ぶ。

「グァァァァァァァ!!!!!!」

 狼がそれに呼応し、未登録迷子Unknownの命を奪おうというところで、その攻撃が阻まれた。

「っ、何者!?」

 狼の爪を片手で受け止めたのは、未登録迷子Unknownよりも華奢な少女だった。狼が体重をかけるもびくともしない。白頭巾は一旦狼を自分の隣まで下がらせる。

 少女と瓜二つの少年が未登録迷子Unknownを庇うように立っていた。どうやらふたりは双子のようだ。

「こんにちは、白頭巾。私はヘンテル」

「こんにちは、白頭巾。僕はグレーゼル」

「「ここから先はオカシの家エリアだよ」」

 白頭巾と双子はしばらく黙っていたが、先に緊迫した空気を断ったのは白頭巾のほうだった。

「……違うエリアなら、仕方ないわ。……貴方、双子に感謝することね。それから案内猫、によろしく伝えてちょうだい」

「あー、うん、伝えておくよ」

 案内役は、ひらりと手を振った。憎々しそうに一瞥し、森の奥へと消えていった。

「「狼に背中を裂かれたんだね。これをお食べ。10個も食べれば充分かな」」

 双子が差し出したのは、丸い缶。中には動物クッキーが入っていた。食べ物よりも治療をお願いしたかったが、助けてくれた恩人から差し出されたお菓子を無下にすることはできない。

「いただきます……あれ?」

 ちょうど10個食べると、背中の痛みがすっと引いた。そっと背中に手を回してみると、傷がない。それどころか一緒に切り裂かれたはずの服も、一切のほつれすらなくなっていた。


 ――治った…?


 未登録迷子Unknownの表情を見て察したのか双子がくすくす笑った。

「治ったわけではないよ」

「それは時間を巻き戻すクッキーさ」

「あんまり食べると赤ちゃんになっちゃうよ」

「個数は守ってね!」

 双子に手を引かれて案内されたのは、とても大きなお菓子の家だった。


 このエリアで名前の手がかりは見つかるだろうか。


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