1-4

「だらしないわね、火楽。それでもあんた、秋葉家の人間?」

「うるせえな、家の名前出すんじゃねえよ、絶場家のお嬢さん」


 現れて早々、二人の間に少しだけひりつく気配が流れる。この二人はどこにいてもこの不穏な空気になってしまうのかもしれない。普通ならこの空気の中、声を出すのも嫌なものだが。


「火楽の苗字、秋葉っていうんだな」


 空気を読むという言葉が恐らく辞書にない少年が一人。その名は天野漠。


「――は、ああそうだ。そういや言ってなかったか」

「言われてなかったね、知り合ってそんなに長くもないし、特に気になりもしなかったしね」


 だからまあ、そうなんだ、というくらいで。その名前が持つ意味とかそういうのには漠は全く興味がないのだった。


「――そうか」

「そうだね」


 その言葉を、そういうところが気に入ってんだよ、と心の中でつぶやき、薄く笑いながら受け止める火楽。漠にとっては他愛もないことだろうが、火楽にとっては意味合いが違うのだった。


「ちょっと」


 そんな二人に一声、凛とした声が刺さる。


「火楽がいるのはわかるけど、なんでこいつもいるの?」


 そう言ってじろり、と漠を見る。その目線になんだろう? と首を傾げて返す漠。


「ああ、うん。二人とも大学の授業に出てなかったから気になって」


「そうじゃなくて、どうやってここに来たのかを聞いてるの」


 その質問の意図がつかめず、再び首を傾げる漠。そんなほのぼのとした漠とは対照的に、火楽はハっと何かに気が付き、その顔を真剣なものへと変える。


「うん? いや普通に。歩いて」


 はあ? と露骨に疑念を顔に出す彩子。そんなはずはない、と少しだけ考えたのち、今度は火楽のほうを向く。


「あんた、表の術式解いた?」

「解いてねえし、解けてたらまずいだろうが。あれ絶場の術式だろ?」

「そうよね……」


 先ほど以上に深く考え込む彩子。そんな彼女を見ながら、漠は火楽に話しかける。


「どうしたんだ? 絶場のやつ」

「あー、いや。お前が不思議すぎるから考えこんじまったんだろ。ちなみにお前、魔術ってどう思う?」


 唐突に友人から飛んできた質問に、漠は目を瞬かせ、


「うん? 二人が使ってたやつだろ? 派手だけど、強力だよな。俺は礼装を装備してたりはしたけど、魔術は初めて見たから驚いた」


 そんなことを口にした。正直爆弾発言の連続である。その発言からすると、彼は魔術を見たことはないが絵空事ではなく実在していることを知っている。火楽は開いた口が塞がらないし、彩子はしかめ面どころか明らかに警戒心を含ませた目線を漠に向けている。


「――ええと、大丈夫だ。魔術は秘匿されなければいけないんだよな。うん、それくらいは知ってる」


 その発言に、火楽と彩子は目を合わせてため息をついた。何も知らないほうがまだ都合がよかったのにな、とでも言いたげだ。そんな三人の背後では、グロテスクだった背景が徐々に崩壊していっている。


「あ、そういえば。さっきなんか、こう見るに堪えない肉塊みたいなのあったんだけど……。あれどうするんだ?」


 その様子を見ながら思い出したように先ほどの光景を説明する漠。その言葉に二人は淡く顔に嫌悪感を出した。


「そうか……、まあ助からねえよなそりゃ」

「そうでしょうね。まあ、私のほうで処理しておくわ」


 元々人だったであろうその物体を処理、という彩子。それに火楽は少しだけ嫌な顔をし――、漠はうれしそうな顔をした。


「それはよかった、あのままだと良くないもんね」


 その歪さが見える発言。もはや何度目かわからないその光景に妙な感覚はぬぐえないまま、振り払うように彩子は言葉を続ける。


「そう。それはなにより。ねえ火楽、明日空けといてね」

「ああ、わかってる。おい漠、お前もだぞ」

「え゛」


 明日はバイトが……、今日も休んだのに……、などとごにょごにょ言っている漠の意見が尊重されることはなく。あれよあれよと明日三人は集まることになり、漠は再度バイト先に頭を下げることになるのだった。

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