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「ん……?」


 暗い空間の中、小さく嗚咽が漏れる。その声は漠のもの。どうやら知らぬ間に意識を失っていたようだ、と体を起こしてあたりを見渡す。すると、自分のいる場所が想像以上に気色が悪い場所だということに気が付いた。


「なんだこれ、何でできてるんだこの壁」


 ぶにょ、とした触感。壁どころか床でさえも、真っ黒で気持ち悪くうごめいていた。


「内臓とかに触った感じは似てるけど、見た目がどうにもなあ」


 触感から想像されるのは赤黒い内臓の見た目だが、壁や床はその想像からはあまり似つかわしくない見た目をしている。なんというか、真っ黒でつかみどころがない。距離感も少し測り損ねそうで、何となく意識を失う直前に見たあの生き物を思い出す。


「うーん、とりあえずうろついてみよう」


 ここがどこなのかもよくわからないので、まずは情報収集だ、と特に何も考えずに行動を始める。考えなしというか、勇敢というか。この場合においては、この行動は少なくとも功を奏した。そこにいれば、きっと巻き込まれていただろう。

 ドシャっと。後ろから聞こえてきた不気味な音に、くるりと振り返る。


「……これは」


 流石の漠もわずかに身じろぐ。振り向いた先にいたのは、なんというか、率直に表現してしまえば、肉の塊だった。しかも、今度は壁や床のように真っ黒なものではなく、まぎれもない、肉だ。並大抵の人間は、見れば間違いなく気を失うだろう。しかしそんなグロテスクなものを見ても漠は少し驚いた程度だった。


「生物……なんだよな? なんというか、すごい冒涜的な見た目をしているんだけど。意思の疎通は可能かな? ええと、どうも、お邪魔してます」


 ――もしここに、火楽がいたならば。いや、彼でなくても構わない。誰かがここにいたならば、その誰かはおそらく絶句していたことだろう。この、なんというか色んな意味で終わっている見た目の何かに対して『お邪魔してます』などと。見た目を気にしないことは、状況によっては美徳かもしれないが、それにしたって限度がある。

 

 そして当然、その肉塊は返答をしない。というか、そもそもただの肉塊だ。口に値するパーツはない。あるとすれば、うじゅうじゅと蠢く肉だけだ。あるいは、それが返答か。

 けれど少なくとも、その蠢きから意思を感じることは漠にはできない。


「まさかとは思うけど、あの肉塊が2人だったり?」


 と、なんとも最悪な想像をしてみせる漠。流石にそれは嫌だな、などと軽く首を振る。幸い、彼のその想像はこの直後に否定されることになる。

 ぴくり、と漠の耳が動く。わずかに、ほんのわずかにではあるが、彼は自分以外の何かが動いた音を聞き取った。


「誰かはわからないけど、うん、今度はちゃんと人のままだといいんだけど。意思疎通が取れないのは何とも厄介だからね」


 なんて。不穏なことを呟きながら、踏み心地が最悪な歩きづらい床を歩いていく。そうして、聞こえてくる音の場所にたどり着く。するとそこには。


「あ、火楽」

「漠!? なんでお前もここにいるんだ!」


 漠の友人たる火楽と、そしてもう一人、いやもう一体。真っ黒な人型の何かがそこにいた。それは、漠が意識を失う直前に見たものとは少しだけ見た目が違い、そもそも大きさも違った。

 あの時の物は、人型とは言えども手足がはんぺんについていたようなもので、ぬいぐるみとかと似たような見た目をしていたし、10cmほどだった。それに対して今目の前にいるモノは、160cmほどの大きさと、鼻や口といったパーツこそついていないが、輪郭は人そのものを持ち合わせている。


「なんでと言われても。心配で探しに来たんじゃないか」

「よくお前そんな悠長に――、いや話は後だ! とりあえず離れてろ、まずはこいつをどうにかする!」


 火楽はそう言って、何もない空間に両手を向けたかと思うと、いつのまにか彼の両手には武器が握られていた。それは、現代にはあまりにも似つかわしくない剣。装飾はわずか、実用性を重視して作られたその剣は、見る人が見れば名剣だと口にすることだろう。だが、漠にはその良し悪しはわからない。


「火楽、剣とか使えたんだ」

「あ!? お前これ見て聞くことが――、いやもういい! お前がよくわからんのはもともとだった!」


 本来、この状況において驚かなければならないのは非現実を目にした漠のほうなのだが。彼は特に動じることはなく、いやわずかにむっとした顔で小さく拳を構え、


「よくわからないとは失礼な。まあいいや、とりあえず僕も手伝うよ」

「は!?」


 火楽を再度、驚かせた。

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