刺す

チョコチーノ

僕の目に映る

 人を殺すのに、大した労力は必要ない。


 まずは、兎にも角にも人の流行を知る事が肝心だ。それだけで大方の殺し方は予想がつく。より多くの人を殺すために、刃を研いでおく必要があるのだ。

 僕の周りには、数多くの殺人鬼が蠢いている。爪を磨き、己を上達させ、刃を絶え間なく研ぎ続ける殺人鬼たち。


 しかしそれを止めるものは誰一人現れることはない。そもそも止めようなどと思う人すら現れることはない。

 誰もが、それを望んでいるからだ。

 誰もが、自分を殺してくれる存在を探している。


 何もそれは、不思議なことじゃない。これがこの街の日常なのだから。単なる日常に警鐘を鳴らすものなど、現れるわけがない。そんなことは、誰にだって分かることだ。


 ある人は、特定の人に向け刃を突き刺した。

 ある人は、不特定の人々の心臓を突き刺した。

 ある人は、誰かを殺すための刃を他人に託した。

 そして多くの人は、自分を殺す刃を待ちわびた。


 この街に住み着く多くの人々が、殺す事に自らを捧げ、そして殺されることを望んでいる。

 これが僕の目に映る、この街の日常だ。


 殺人鬼にも、様々な種類がいるのを僕は知っている。

 ふとした思いつきで犯行に及ぶ者。できるだけ多くの人々を殺すことだけに膨大な時間を費やす者。


 もちろんこれは、ほんの一部の分類分けに過ぎない。しかし、多くの人を極端に分けるとすれば、このどちらかに入ることになる。


 ここまで考えを巡らせて、ふと思う。

 僕はどうなのだろう、と。


 僕だって、できるだけ多くのを殺すために思考に思考を重ねて、多くの手を尽くしてきたかのように思うこともある。

 しかしそのために全てを捧げ、努力を積み重ねたかと言われてしまえば、言葉に詰まってしまう。


 結局、僕は中途半端なのだ。ぱっぱと片付けることもできず、そのくせ自分の世界の隅まで詰め込むことができない。

 僕がやってきたことといえば、他人が誰かを殺しているところを見て盗んだ手法を真似ることくらいだ。幾ばくかのアレンジを加えているのは確かだが、その基盤は僕の中のどこにも存在していない。


 そんな虚しさを無視して、僕は独り言のように呟いている。

「みんなやっていることだから」

 この言葉に嘘はない。嘘であるはずがない。

 こうして僕は、僕自身を肯定していかなければ心が折れてしまうのではないかと。そう微かに、ほんの僅かに思ってしまったからこそ、僕は自分の刃を肯定していかなければならないのだと強く信じていた。


 この街では、殺人鬼は救世主だ。人々は、救いを求めているのだろう。

 理由は、それこそ膨大だ。人の数ほど、星の数ほどあるのではないかと思うほどに。

 疲れていたから。癒しが欲しいから。悲しみを忘れたいから。嬉しさを感じたいから。シンプルに、ただ殺されたいから。


 一度殺された者は、次なる刃を求めて街を放浪する。刺された時の感覚を思い出すために。そして、もう一度殺されるために。

 そうやって何度も何度も殺される快感に沈み、抜け出すことはできなくなる。

 もちろん誰だってそれを望んでいる。それは決して悪いことではない。

 むしろ、良いことなのだ。皆が望んでいるのだから。


 僕もかつては殺人鬼だった。腕を磨き、経験を積まんと刃を研ぎ続けていた。

 駆け出しだった頃の僕の力では、大人数をまとめて刺すなど出来はしない。しかし、少人数とはいえ何人かの心臓には、自慢の刃を突き刺せていた。


 あれから、何年が経っただろう。

 ただ殺されることを望んでいた頃の僕が、ひょんなキッカケで殺人鬼側に回ろうとして、もう長い年月が経っていた。

 信者も順調に増え、次なる刃を求める声も次第に大きくなっていた。僕は立派な救世主になっていたつもりでいた。


 正に順風満帆。しかし僕の心には、一つの疑念が生まれつつあった。それは、現状維持に対する懐疑の声。

 簡単に言えば『このままでいいのだろうか』というモヤが、僕の中に芽生えていた。そしてそれはいつしかはっきりと意識できるまでに広がっていた。

 果たして今の僕の行為は、本当に僕が求めていたことなのだろうか。もしかすると、もしかすると……。


 そして僕は、刃を作ることを止め、凶器を作り出した。人々を刺すためではない。殺すためでもない。ただの、凶器。多くの人が求めていない、純粋な僕だけの凶器だ。

 それは多くの人に拒絶され、受け入れたのは極々僅かな人だけだった。


 そして、僕は理解した。

 僕が作り出したかったのは、型に嵌めたような、他者が作り出した物の真似事のような『刃』などではない。

 僕の、僕だけの世界。僕だけが作り出せた、どの型にも当てはまらない『凶器』だったのだと。これこそが、僕が求めていたモノだった。


 殺人鬼を辞めて、長い時間がたった今。かつての栄光はもうないが、僕は大きな何かを手に入れていた。


 それは、自由。


 自分の好きに世界を作り、物語を紡ぐ。

 他者の目すらも憚ることなく、自由に描く。

 自分のための凶器を、自分を刺すための世界を、今もこうして描き続けている。


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刺す チョコチーノ @choco238

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