交差点

佐倉そう

交差点の出来事

 なんとなく、ただなんとなく、見慣れた交差点がいつもと違うと感じた。

 なんとなく、そうなんとなく、交差点に建つ空き家に人の気配がした。

 なんとなく、5年前にいなくなったあの子に会える気がした。


「ねぇ、ゲームしよ!」


 小学校からの帰り道、住宅地にある見通しの悪い交差点で、少しくたびれた赤いランドセルを背負う彼女は唐突に言う。


「何のゲーム?」


「あなたが目を瞑っている間に、私が交差点のどっちに行ったか当てるゲーム」


「いいよ」


 彼女が唐突に謎のゲームを思いつくのはいつもの事なので、俺はいつものように付き合ってあげる。


「じゃぁ、30秒数えたら、正解だと思う方を選んで、私を見つけてね」


「わかった、いくよ。いーち、にー、…」


 俺は彼女の言う通りに数を数える。


「…、さんじゅー」


 俺は数え終わった後、交差点を右に曲がった。


 なんとなく彼女の家は交差点の右側にある家だから右に行ったと思った。

 でも、彼女はいなかった。


 だから、反対側に行ってみた。

 だけど、彼女はいなかった。


 俺は彼女が少し遠くまで行ったのだと思って、しばらく歩き回って探したが、彼女の姿は見当たらなかった。


 俺はこの後、彼女に会うことはなかった。


 聞いた話だと、次の日には引っ越ししたのだという。


 ちゃんとお別れもできなかった事を俺は悲しく思ったのを覚えている。




 住宅街の見通しの悪い交差点、俺はいつもここを通るとき必ず右と左を確認する。


 彼女が隠れているのではないかと思うから。


 でも、かれこれ5年間毎日のように確認するが彼女がいたことは無い。

 昨日も一昨日もその前の日も、俺は確認したが彼女がいることはない。


 当たり前だ、もうここに彼女は住んでいないのだから。


 でも、今日はいつもと違う気がした。


 なんとなくだけれど、彼女の住んでいた家に人の気配がする。

 電気がついているわけでもなく、話し声が聞こえるわけでもない。


 でも、なんとなく、人の気配がする。


 そして、なんとなくだけれど、交差点の先には彼女がいる気がする。


 この感覚を何というのだろうか。直感?それとも直観?どちらでもいいか、彼女に会えるのなら。


 俺は彼女が居なくなった時のように目を瞑って数を数える。


 今度は声には出さないけれど、しっかり30秒数える。

 彼女との思い出をやり直すように数えた。


 ゆっくりと目を開けて、交差点の右側を探す。

 しかし、彼女はいなかった。


 だから、今度は左側を探す。

 だけど彼女はいなかった。

 

 彼女はやはり今日もいなかった。今日はいると思った。

 いつもいるかもとは思っていたけど、今日は少し違う感じがしたから、いると思った。

 でも、彼女はいなかった。

 

 もう彼女に会うことは無いのかもしれない。しっかりお別れをしたかったといまさらながらに後悔する。

 

 少し肩を落としうつむきながら交差点に戻る。


「だーれだ」


 突然、後ろから目を隠されて、女性の声が聞こえる。


 少し幼かった声も、今では女性の声になってはいるが、毎日のように聞いていた、この声のトーンを聞き間違えるはずがない。間違いなく彼女だ。


 俺はうれしさのあまり、勢いよく振り返る。


「見つけた!」


 相手を確認することもなく、彼女に会ったら一番最初に言おうと思っていた言葉を言う。


「見つかっちゃった。それと、ただいま」


 昔の面影を残しつつも、すっかり女性らしくなった彼女を見て、会えなかった5年間の時の長さを感じた。


「おかえり。ねぇ、どうして、何も言ってくれなかったの?」


 俺は彼女に会ってどうしても聞きたかったことを訊いた。なぜあの時何も言わずにいなくなったのかを。


「うーん、なんとなく、あの時お別れを言っていたら二度と会えない気がしたの。だから、何も言わなければ必ずまた会えるって思ったの。ほら、ちゃんと会えたでしょ?」


 彼女は満面の笑みでそう言った。


 これを直感というのか、それとも直観というのか、分からないけれど、彼女に会えたのだからどっちでもいいや。

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交差点 佐倉そう @fujigon

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