第14話

「なんか勘違いしてる馬鹿がいるから言っておく。七夕はいわゆる虐待ってやつを受けてる」


「嘘だろ……!?でもそんなそぶり見てな……あ」


 馬鹿か僕は。見てたじゃないか、知ってるじゃないか。何で知らないふりしてきたんだ。


 あの日、あの時、僕の考え方を見直す原因になった日。あいつは病院の前で待っていた。


 学校では携帯電話の持ち込みは禁止されているし、あの時の七夕の服装も制服のままだった。


 病院の中に入った時から出て来るまでに一回家に帰ったとは思えない。そもそもあの日、学級集会があっていつもより帰りが遅かった。


 それなのに何の連絡も情報も家に伝えてなかった。僕が病院を出たのは七時を回っていた。そんな中、音沙汰のない娘を心配しない親などいるのだろうか。


 他にもいろいろ伏線は貼ってあったはずなんだ。でも僕はそれに気づかなかった。普段から人付き合いをまともにしていなかったからだ。


「そんな……いつ気づいたんですか?」


 岸水はいつもよりも声を震わせて問いだす。それもそのはずだ、七夕と一番多くの時間を過ごしているのは彼女だろう。


 彼女ですら今初めて知ったのだ。無論、岸水の性格上そのことに気付いていればすぐにでも行動していただろう。


「早く先生に言わ……」


「やめとけ岸水。そんなことしても無駄だ、先生は動いてくれない。それは更科見たらわかるだろ?」


「で、でも何とかしないと……!」


「だから俺たちがいるんだ。この話をしたのもお前らが信用できるからだ」


 椎名はまっすぐ、肩を震わせる岸水を見る。岸水は自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。


「すみません、取り乱してしまいました……」


「なあ椎名。七夕と仲悪かっただろ?何で助けようとするんだ?嫌いじゃないのか?」


 僕は湧き出た疑問を椎名に聞く。


 嫌いならその人の不幸はなによりも喜ばしいものじゃないのか?僕はみんなと会うまで、いや今も嫌いな奴はぜひ死んでほしい。


 それが全員か特定かの違いなだけで、今も僕の根は変わっていない。よく僕に死ねと言ってきたやつらがいたが、そいつらはきっと僕に死ねと言われることを考えていなかったはずだ。


 自分が正しいことをしているのだと勘違いをしているからだ。だからちょっと意見が違うと気分が悪くなる。そうやってサイクルが作られていく。


 だから椎名のやっていることは矛盾している。自らサイクルを壊している。もちろん彼は自分の中で正しいものと間違っているものの区別はついているだろう。


 でも、それでも僕には異質だった。

 すると椎名は、


「自分が嫌いな奴でもそいつが不幸になって良い理由にはならないだろ」


 それに、椎名は付け足す。


「あいつとは仲悪いけど別に嫌いじゃない。今はもっと仲良くできたらなって思ってる」


 僕は少なからず椎名の影響を受けていると思う。それは椎名だけでなく、僕と関わる全ての人にだ。


 人というのは周りの環境によって人格が形成されるらしい。なら今の僕とみんなと出会う前の僕は別人なのだろうか。


 でも今の僕ならこう答えるだろう。


「僕が手伝えば絶対に成功する。安心しろ」


「ありがとな」


 椎名はまるで自分のことかのように笑った。


「じゃあ今から俺ん家で作戦たてよーぜ」


「じゃあ俺お菓子持ってくわ!」


「私は何を持っていったらいいでしょうか……」


「気いつかわなくていいぞ?別に今から帰ったところで家に誰もいねーし」


※ ※ ※ ※ ※ 


「ただいまー」


「邪魔しまーす!ひっさしぶりー!」


「お邪魔します」


「お邪魔します。な、なぜか緊張します……」


 僕たちは椎名の部屋に誘導される。椎名の家は一軒家で、三階建てだ。土地も広く、普通にお金持ちといった感想だ。


 彼の部屋は三階にあるらしく、僕たちはそこに向かった。部屋に入ってからすぐに椎名が人数分のお茶をトレイに乗せて持ってきてくれた。


「よし!じゃあ作戦会議を始めるか」


「よ!待ってました!」


「椎名さん、虐待って本当なんですか?」


 無理にテンションを上げている組に対し、岸水は落ち着いていた。


「ああ、俺は結構昔から七夕と親交があったんだけど、あいつは家がどうも嫌いだったらしい。何回か外では親に会ったことはあるが、態度が悪い以外は別にそんなに目立った印象は無かったな」


「それで忍は……」


「まあ待てって、順に話すから。母親の方は無視とか怒鳴るとかまだマシだったらしいんだけどな、父親の方がヤバいんだよ。父親の方は何度も殴ったりとか家から閉め出したりとか直接的にやってる。そんな父親が海外に仕事で五年前にこの町から消えた。んでその父親が明日帰って来るって訳だ」


 僕はなんとも言えない焦燥感に身を包まれた。家族に攻撃されるなんて正直僕よりもひどい仕打ちを受けている。


 それなのに彼女は学校ではいつも笑っていて明るかった。一切人に弱みを見せずに立ち振る舞っていたのだ。


 酷すぎるだろそんなの。大の大人がたった十八の子供にどんな苦行を敷いているんだ。だから僕は……!


「なあ、椎名。なにでその情報を知ったんだ?」


 すると椎名は頭を小さくかくと、


「俺の親父が警察官でさ。昨日七夕って子供から相談を受けたって言ってたんだ。この辺で七夕なんて苗字あいつくらいだろ?」

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