第13話

「なあ、お前ヒーローとかに憧れたことある?」


「ヒーロー?」


 僕は椎名の問いかけに疑問で返す。


 今は授業の合間の休み時間。多くの人はグループを作って話したり遊んだりしている。


「ヒーローって悪者を問答無用に倒すあれだろ?憧れたことはあるけどなりたいとは思わないかな」


「へえ、何で?」


「そりゃヒーローは正しいし間違ってない。でもそれに当てはまらない人がいる事を知らないからだよ」


 僕はあえて自分のことを思考に混ぜてみる。僕の考えは僕自身のものであり、他の人がそれを変えることはできない。


 なら僕は、それをもっとも分かりやすいたとえを使って、分かってくれるであろう人物に伝える。


「……なるほどな。じゃあさ、ヒーローがピンチになったら助けるか?例えばそのヒーローに救ってもらってて、そのがピンチだった時はどうする?」


「話の目的が良く見えてこないんだけど」


「いいから答えろって」


「んー、場合によるけど助けたいとは思うよ。でも自分の力がそれに及ぶかは分からないけど」


 その答えに椎名は満足げに頷く。


「いやー良かった、良かったわ話振ったのがお前で」


「だからどういう意味なんだよ」


「まだあと凌士にも協力を仰ぎたいから詳しいことは言えねえんだけどな。ヒントは教えとく。世の中の悪は意外と身近にあって、その悪ってのは誰がどうあっても正義にはできないってことだ」


「は?」


「という訳で帰りの時に詳しく話す。俺は今から凌士んところ行ってくるからついて来んなよ」


「お、おい!」


 僕は椎名を引き留めようとするものの、椎名は止まらずに橘のもとへ行ってしまった。


「何話してたの?」


 七夕が僕にそっと話しかけてきた。


「ヒーローを信じるか信じないかみたいな」


「私は信じたいかな。助けてほしいことあるもん」


「今日の宿題?」


「あはは、正解」


 それから椎名が帰ってきても、その話題の話をすることは無かった。


「帰ろーぜ」


「うん、ちょっと待って」


 僕は急いで鞄に荷物を積めると、立ち上がって椎名についていく。


 やっとさっきの答えが聞ける。

 僕の心内はそれでいっぱいだった。


 僕は元々、小説などが好きなので、こういった遠回しな発言にはときめくことが無い訳ではない。


 だが、彼の顔色を窺ってみるに、それは良い話題ではなさそうなのだ。


 椎名は案外周りが見えている。

 僕は彼との付き合いの中でそう感じていた。


 彼は自己中心的なのではなく、他に合わせて自己を主張している感じだ。


 簡単に言えば、周りがしたくないことを押し付ける人のことを自己中心的な人という。


 だが彼の場合は、周りの人が好きそうなことを導き出して、それをさも自分の好き

なことかのように振舞っているということだ。


 何が言いたいのかと言うと、彼は自分を、周りの人の平穏を乱されるのが嫌いなのだ。


「おお!早いな二人とも!結構俺も急いだんだけどなあ」


 僕たちが下駄箱で靴を履き替えた直後に、橘が階段をバタバタと駆け下りてきた。


「いや、俺たちも今来たところ」


「なんかその発言、デートの待ち合わせに早く来た奴が言ってそーだな!」


 あっはっはっはと、何が面白いのか橘は笑っている。

 

 このまま帰るのかと思いきや、意外な人物まで下駄箱に駆け寄ってきた。


「すみません、遅れました」


 ずっと敬語で話している人物など一人しかいない。


「いやいやー、俺たちも今来たとこだよ岸水さん!」


 あれ、俺もデートの待ち合わせみたいじゃんと、また橘は一人でに笑いだした。そろそろ怖くなってきた。


「んじゃあ行くか」


「あれ?七夕は?このメンバーだといそうなのに」


 僕は椎名に問いかけてみる。


「ああ、話の内容が丁度七夕の話なんだ。それにあいつは今日委員長の仕事だから先に帰っても問題なし」


「なんで七夕のスケジュール知ってるんだよ。やっぱり椎名、君人をつける趣味が……」


「だから違うって言ってんだろ。念には念を入れて、七夕と仲のいい岸水に聞いといたんだよ」


 なるほど。でもまだ彼の趣味疑惑は晴れていない。殴ったこととか今までのことは全て水に流したが、趣味疑惑だけは絶対に解明してやる。


「で、話って何なんですか?」


「え?岸水さんも聞いてなかったの?」


「ええ、忍の予定だけ教えて欲しいって」


「それだけ聞けば本当にただのストーカーだな」


「うるせえ、木星あたりまでぶっ飛ばすぞ」


 椎名は僕に向かって右手を前に突き出すそぶりをする。


「じゃあ俺が話しちゃっていい?」


「絶対にやめろ」


「橘は知ってるんだ」


「ああ、こいつが話さないなら大声でわめくって言うから仕方なくな。こいつにわめかれたらマジで終わる」


 椎名は疲れた表情で、首を左右に振る。


「じゃあ話すけどこの事は絶対に他言すんなよ。いいな」


「うん」


「うす。まあ俺知ってるんだけど」


「はい」


「明日七夕の親父が帰って来る」


 僕と岸水の頭の中にきれいにクエスチョンマークが刻まれた。そしてこうも思った。何を言っとるんだこいつは。


 別に七夕のお父さんが帰ってきたところで僕たちに何かある訳じゃない。そもそも単身赴任などで離れていて久しぶりに会えるのだとしたら喜ばしいことではないのだろうか。


 僕は隣にいた岸水にちらっと視線を送る。


 すると岸水も僕と同じことを思っていたのか、困惑した表情で僕のことを見た。


「照葉ったら七夕さんのことが好きすぎてお父さんにあいさつしに行くんだよ。この年で早いよねー」


 橘が内容は聞いていないことは、僕にもすぐわかった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る