第10話

「……椎名、なんでいるの?」


「なんでだと思う?」


 振り返った先にいたのは、先ほど分かれたはずの椎名だった。


「君にそんな趣味があったとは……。別に否定してるんじゃないよ、ただ驚いただけで。人をつける趣味だったとは……」


「俺に変な属性つけんな。ストーカーじゃねえよ」


「え、じゃあなんなんだ?」


「お前本気で思ってたのか」


 椎名は、はぁとため息をつくと、僕を追い抜かして病院の方へ歩いて行った。


 なるほど、椎名の知り合いもこの病院に入院しているのか。それで家に帰らない僕を不思議に思ってついてきた、と。


 だがその予想は次の椎名の発言で裏切られた。


「……くれ」


「え?」


「だから!俺を櫻花のところに連れて行ってくれ」


 ああ、そういうことか。彼は僕が彼女の見舞いに来ていることに薄々気が付いていたのだ。


 そこで僕について行けば会えるのではないか、ということだろう。


 別に僕がそれを拒む理由は無い。彼もまた、彼女を愛す人の内の一人だったのだ。だが、僕はきっと彼が傷つくと予想した。


 いや、ほぼ正解だろう。なにせ彼の知っている櫻花咲ではないのだから。変わり果てた彼女を見て彼はいったい何を思うだろうか。


「分かった。でも、約束してくれ。何があっても何を見ても何を知っても、櫻花咲という人を嫌いにならないでほしい」


「分かった、約束する。というよりも俺が人を嫌いになるなんてことはよっぽどじゃねえ限り無いぞ」


「はは、説得力無いなあ」


 僕たちは病院に入ると、受付の人に面会カードを受け取り、病室に入った。


 相変わらず殺風景な部屋だ。飾りっ気はなく、ただの白い箱のように見えた。


 その中に彼女は眠っている。

 淡い色のカーテンに仕切られ、外からは見ることができないが、中にいる僕たちには簡単に開くことができる。


「この中だよ椎名。でも、さっきの約束忘れないでくれよ」


「あ、ああ」


 椎名にしては珍しく、緊張した面持ちでカーテンに手をかけた。まあ珍しく、と言えるほど一緒に過ごしたわけでは無いが。


 カーテンが横にスライドしていく。


「……、久しぶりだな櫻花」


 返答は無い。当たり前だ、そこで眠っているのは彼女であって彼女じゃない。もう魂は抜けていて、その抜け殻、器があるだけだ。


 彼女自身はもうこの世にいない。


「何も話すことがないのも困りものだなあ。やっぱり俺はヘタレだな、自分が怖くなってくる。どうしたらいいんだろうな」


 それは彼女に語り掛けているようにも彼自身に語り掛けているようでもあった。


「だからだろうな、そのせいで友達困らせたりしてきた。七夕、覚えてるだろ?そのせいで喧嘩したし嫌われた。本当は俺も喧嘩なんてしたくなかったし、仲良くしたかった」


 彼と七夕との関係はいまだに謎だ。岸水が話しかけていたが、すごい速さで口止めをくらっていた。


「お前と一緒に歩きたかったよ、櫻花」


 そこから椎名はしばらく目を閉じて、何かを考えているのか祈っているのか分からないが、うつむいていた。

 

 そして目を開き、僕の肩に手を置いた。


「行こうぜ」


「……大丈夫か?」


「……どうだろな」


 見れば、椎名の顔はさっき見たときよりも疲れた表情をしていた。


 無理もない、三年もあっていなかった自分の想い人が変わってしまったのだから。それに加えて、彼の周りでは人が


 面会カードを返し、外に出た。


 椎名は肺の空気を全部入れ替えるように、大きく深呼吸をした。


「なあ、ちょっと寄りたいとこがあるんだが、良いか?」


「君は良く人を連れまわすよな」


「振り回されるのは柄じゃねえんだよ」


 僕は椎名について行った。日はほぼ落ちており、うっすら赤みがかっているぐらいだ。


 椎名の目的地は、病院から少し離れた墓地だった。ほぼほぼ夜だったので、不気味な雰囲気を醸し出していた。


「夜に墓地に来るとは……。まだ秋だよ」


「肝試しに来たんじゃねえ、墓参りだ」


 なるほど、おそらくここには椎名家のお墓があるに違いない。


 案の定、墓地に入って少ししたところに、椎名家の墓と書かれた墓石が見えた。丁寧に手入れされているところを見ると、短期間に来ていることがうかがえる。


 椎名は、墓石に汲んで水をかけて両手を合わせた。


 僕も一応両手を合わせて目を閉じる。


「なあ椎名。君は櫻花のどこが好きだったの?」


「……あの温かい笑顔かな」


 僕はてっきり恥ずかしいから言えない、と言われるものだと覚悟していたので肩透かしをくらった気分になった。


 ちらっと右隣を見ると、同じように僕を見ていた椎名と目が合った。


「な、なんだよ」


「いや、僕も同じだって思ってさ」


 僕は空を見上げた。星はほとんど地球の光で見えない。


「俺の母さんはさ、本当に善人だった。文句を言う前に笑う人だった。そんな人が病気で死んじまった。おかしくないか?世の中母さんより死んだ方がいいゴミなんて引くほどいるだろ。」


「……」


「何でよりによって母さんなんだって思ったんだよ。でも考えてみたら自然なことだったんだ、神様は俺達人間に平等に力を与える。なら善人は心がいいから体を悪くされる、平等だ。性格悪いやつほど長生きするって言うだろ。そういうことだったのかって思ってさ」


「別に悪い人が長生きするわけじゃないぞ」


「分かってる。だからお前は早くくたばる気がする」


「喧嘩売ってるのか褒めてるのかどっちだよ」


「褒めてんだよ。それにお前と殴り合うのはもう勘弁だ、意外と容赦ないからなお前」


 僕たちは墓地から出た後、家に帰るまでの間、一言も会話することは無かった。お互いに考えたいことが山積みなのだ。


 僕はいったいどこに向かっているのだろうか。僕はいったい何がしたいのだろうか。僕は、今櫻花をどう思っているのだろうか。

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