第11話

「おはよう、椎名」


「ん、おはよ。なんか更科から話しかけられんの変な気がする」


「じゃあもう話しかけないよ」


「嘘嘘、嘘だって!何?もしかして本気にしてた?あっはっはっはー」


 僕は椎名の隣に来ると、ペースを合わせて歩く。椎名は足が速く、歩くのも速いので、ペースを合わせるのは一苦労だ。


「よっすー、照葉に夏樹い!」


 いきなり僕の名前を呼ばれたのでびくりとする。それに夏樹なんて呼ばれたのは久しぶりだ。というか最近突然が多い気がする。


 だが余計分からなくなった。僕にはそこまで親しい人が椎名達の他にいただろうか。


 僕は椎名の隣から聞こえた声の主の方を見る。そこには、同じ制服を着た男がいた。身長は僕と同じくらい。


「名前で呼ぶなよ凌士りょうじ


「なんでだよー、お前だって俺のこと名前で呼ぶじゃんか。あ、もしかしてまだ自分の名前が女の子っぽいから嫌だとか思ってんの?」


「殴っていいか?」


 驚異的な声量で話を進める彼は、残念ながら僕の記憶にはなかった。クラスは違うと思う。断定していないのは記憶があやふやだからだ。


「あ、初めましてだねえ更科夏樹君。俺、橘凌士たちばなりょうじ。いい友達になろう」


「え、あ、ああ」


 すると橘は、僕の右手を両手でつかんでぶんぶんと上下に振った。


 でも良かった。やっぱり初対面だったんだ。でもそうなると別の疑問がわき出て来る。


 どうして彼は僕の名前を知っているのだろうか。


「そういや俺今日日直なんだった。先行くねー、んじゃ!」


 橘は僕の右手を話すと、すごい速さで行ってしまった。


「あ、ちょ」


 僕が声をかけようとした時には、もう彼の姿は目の前になかった。


「なんか……嵐みたいな人だね……」


「ああ、悪い奴じゃないんだけどな……」


※ ※ ※ ※ ※


 始業のチャイムが鳴り響き一限目を知らせた。


「えー、今日は幕末に関することを……」


 僕は授業は普段真面目に取り組んでるつもりは無い。だが、要点さえ覚えておけば、家でなんとでもなる。


「じゃあグループでここについて話し合ってください」


 あー、最悪だ。僕は学校で一番嫌いなのがグループを作ることだ。いつも余りは僕で惨めな思いをする。


 だから僕は嫌いだ。明確に僕を省かれているようで嫌だ。僕の現状は先生も知っているはずなのにわざわざこんなことをする。


 だから僕は馬鹿だと思っている。世の中も結局同じだ、キャッチコピーだけおおっぴらに書いておきながら内容がペラペラだ。


「おい更科あ、机縦にしろ」


「ちょ、もうちょいそっち寄って」


「は、入れません……」


 ぱっと僕が見上げると、昨日のメンバーが僕の机の周りに集まっていた。


「なんで……」


「なんでもクソもねえよ。気づいたら集まってたんだよ」


 椎名は移動させた自分の席に着く。


 良かった。心底僕は思った。


 自分から動けば変えられる。それはきっとどんなこともだ。発信力のない僕ですら変えられるのだ。他の人間の変化させる力はすごいのだろう。


「うわ、椎名と隣じゃん。葵ー、代わろー」


「嫌ですよ、やっと座れたんです。机遠かったんです」


「じゃあ椎名空気になって」


「無理、死ぬほどしゃべり倒してやる」


※ ※ ※ ※ ※


 僕は昼休みに屋上に足を運んでいた。ここは人が当たり前と言えば当たり前のだがいない。それに天気のいい日は風が心地いい。


 だから僕はこの場所が密かに気に入っていた。


「おー、屋上初めて来たわ」


「……橘君?」


「名前覚えてくれたんだ、うれしー。でも君はいらないなー、あっはっはっは」


 相変わらずのハイテンションで話すのは、今日の朝初めて話した橘だった。


「どうしたの?僕になんか用?」


「んーまあ用と言えばそうかなあ」


 橘は僕の隣までくると、


「椎名のことさ、嫌いにならないで欲しいんだ」


「椎名?別に今となっては嫌いじゃないけど」


「そ、なら良かった。俺が更科の名前知ってたのって実はあいつから聞いたからなんだよね」


 あいつ、とは椎名のことだろう。だが椎名とは最近話すようになったばかりだ。昔からの仲ではない。


「あいつはお前のこと初めっから気にかけてたんだよ。それこそ高校生活スタートしてた時から」


「……僕あいつに殴られたんだけど」


「あっはっはっは、そりゃ良いな!あいつも母親亡くしてるからさ、シンバシーでも感じたんじゃないかなあ。あ、その相手ってもちろん君ね」


「分かってるよ」


「んで、君が学校から浮いて、クラスから浮いて、最終的にいじめまで発展した。でもまだマシだったはずなんだ。いじめられてることに変わりないからマシも何も無いと思うけど」


 確かに、僕がされていたことと言えば無視とかものを隠された程度だ。直接殴られたりとか僕自身に何かされたことは無かった。


 でも最近は少し過激になってきたような気もする。


「それはさ、照葉が行動をコントロールしてたからなんだ」


「?」


「簡単に言えばさ、殴られたりボコボコにされた人をいじめようと思うか?」


「いや、さすがに思わないかな。そんな状態の奴に何かしたところで何も満たされないだろうから」


「つまりそう言うこと。あいつは自分が何かを夏樹にすれば他の人は夏樹に手を出さないと考えた。だから率先して程度の低いちょっかいをかけていたのは照葉だったし、他の人の構想を潰し回ってたんだよ。でもあいつ意外と根は優しいからさ、耐えられなくなったんだろーな」


 ああ、それでか。そういうことか。


「このままかばい続けても意味がないと思ったんだってよ。直接夏樹を守りに行くのは、夏樹も照葉もリスクがでかい。だから気に入らないところを直接伝えに行った、ってこと」


「だから最近……」


「正解、だから感謝してやれって程じゃないけど、嫌いにはならないで欲しーんだ。そこそこの付き合いだからさ、何となくわかるんだけどな」


 そう言い残すと、屋上から下の階に戻りに行った。だがすぐにバタバタと戻ってくると、


「今日帰りにみんなでマック行こうぜ。新作のハンバーガーのことで授業うわの空だったこと思い出した!」

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