第4話
「またか」
僕は自分の下駄箱の前で声を漏らす。
上履きが消えていたのだ。もちろん持って帰ったわけではないし、昨日別のところで履き替えた記憶もない。
つまるところ誰かに隠されたのだ。
学習しない奴らだ。結局そのうちまた飽きてごみ箱の中、というのがオチなのだろう。
だが今回は様子が違っていた。
近くでクスクスと嫌な声が聞こえ、聞こえた方に目線をやると、男子三人組が下駄箱の裏に隠れながらこっちを見ていた。
犯人がすぐにわかる探偵小説なんて面白くないが、とりあえずもう完結するらしい。
僕は外靴を脱ぎ、靴下のまま彼らの傍まで歩きよった。
「おい」
「あ?んだよ」
態度が悪い、と調べれば真っ先に検索にヒットしそうな反応を示した。
「しょうもないんだよお前ら。とっとと靴返せ」
「俺たちがやった証拠あんのかよ」
お前らの態度だ。
でもどうせこいつらには通じない。いっちょまえに人の形をしたただの猿だ。猿に人語は通じない。
「早く更科に靴返しな?もう犯人わかってるって」
すると僕の後ろから聞き覚えのある声が響いた。七夕だ。
「だからあ、俺たちがやった証拠あんのかって聞いてんの」
負けじと七夕に反論する。
だが七夕は動じない。
「前回更科の靴が無くなったときだって結局君たちだったじゃん」
「前回そうだったからって今回もそうだとは限らないだろ」
それにさあ、彼らは空気を換えて言葉を放つ。
「最近七夕、お前調子乗ってない?」
「ほんとさあ、委員長だからってな」
「イキりすぎだろ」
「――ッ!」
七夕は声にならない声を発す。声の振動ではなく、ただの息として漏れ出る。
「で、俺たちがなんだって?」
彼らは僕を無視して七夕に一歩詰め寄る。
「な、何?直接戦うつもり?私強いけど、いいの?」
僕は彼女が空手でもやっていたのだろうかと考えた。だがよく考えてみれば、昨日彼女の手の力を体感した時驚くほどひ弱だったことを思い出す。
元々七夕忍という人は背が小さく、どう見ても強そうには見えない。
それに彼女の手を見ればわかる。ぐっと握られた右手は小刻みに震えており、それがなんの感情を表しているのかなんて考えなくてもわかる。
僕は小さなため息をついて彼女の肩をぽんっと叩いた。
そして僕が前に出る。
「なんだ……」
「うるさい。お前ら低能が酸素吸うだけ無駄。ちゃんと黙ってろよ」
「更科……!?」
僕はすごく脳が冴えていた。なぜかは分からないけど、今なら言いたいことが全て言えそうな気がした。
「僕は君たちにしてほしいことが三つある。一つ目は七夕にちゃんと謝ること。二つ目は僕に靴を返すこと。三つ目は……死ね」
「ッの野郎!」
僕は一瞬視界が歪んで見えなくなった。そして次に来た感覚は痛みだった。どうやら僕は右頬を殴られたらしい。
それからすぐ僕は立ち上がる。口の中は血の味がしたが、今はそんなことはどうでもいい。
立ち上がった僕を見ると、彼らは僕を睨みつけると、どこかへ行ってしまった。
「大丈夫、更科!?」
僕の傍にいた七夕が心配そうに眉をひそめている。
「ご、ごめん。いま絆創膏持ってないや」
そろそろか。
僕は上履きを忘れた人用のスリッパを取り、地面に置いて履く。
僕といういじめの対象がいれば、いつしか彼女と言えども巻き添えを食らう日も遠くないだろう。
でも僕はそんなこと望まない。それは七夕も同じだろう。
僕は彼女にもう関わらないでくれ、と言おう――。
「七夕、少し話さないか?」
と思っていたのだが、口にしたのはこの言葉だった。
関係を断つのは簡単だ。だがそうしてしまえば、きっともう話す機会も無くなるだろう。そうなる前にお互いがお互いを理解しなくてはいけない。
「うん」
僕たちは学校の屋上へ向かった。
普段は鍵が閉まっているのだが、何年か前の先輩が鍵を何回もいじったおかげで、少し細工するだけで誰でも入ることができる。
「まず、昨日はごめん。七夕の気持ち、全然考えてなかった」
屋上は気持ちいい風が吹いており、夏に近ずくこの季節には心地よかった。
「そんなことないよ!私もごめん、自分の価値観で人を量ってた。更科が嫌な気持ちになるのも当然だよね」
彼女は寂し気な表情を浮かべてそう言った。
本当は僕がすべて悪いのに。七夕は正しいのに、正しすぎるのに。
「でもね、更科」
七夕は僕に詰め寄ると、僕の両腕をぎゅっと握った。
「一つだけ言えることがあるのは。一つだけ悪いところが言えるところは。更科は自分のことを過小評価しすぎってとこ、自分が出した答えでしょ?ちゃんと考えた結果じゃん。だって更科頭いいし」
僕は一言も発さなかった。もう少し、彼女の言葉の意味を考えていたかった。
「更科は自分が社会からずれてる、って思ってそうだけど違うから。確かに生きる上でのルールとかモラルとかってあるよ。でも人の考えを間違ってる、っていう人なんていない。もしいたとしたらその人が社会からずれてるの。だからさ、更科」
僕は声が出てこなくなった。本当に出そうとしているのかも分からない
「更科は間違ってないよ、悪くない。だからそんな悲しそうな顔をしないで」
「――ッ」
僕はいつの間にかひどい顔をしていたらしい。
「戻ろっか。大丈夫、ちゃんと更科は合ってる」
そういうと彼女は教室へと小走りで駆けて行った。僕も一緒に教室に戻ろうかよ思ったが、トイレに寄ることにした。
洗面台ですぐに顔を洗った。何かを隠すように。目からあふれた何かを紛らわせようとするかのように。
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