第3話
「は?」
「更科は一人でこれまでやってきたんだよね?だから誰とも関わらなかったし誰とも関わろうとしなかった。私はそんなこと考えたことすらなかったけど……」
「だから大変だった?」
馬鹿かこいつは。人に人の気持ちは理解できない。共感はできても理解は決してすることができない。
それは僕が一番知っている。そもそも人の気持ちがわかるのならこの世の中に「いじめ」なんて単語は出てきていない。
だからこいつは馬鹿だ。僕という人間をわかっていない。
確かに人を思いやれる能力はあるし、むしろ彼女のような人材を世界は求めているのだろう。
でもそれは僕には必要ない。それも同時に僕は世界から必要とされていないと認めているようなものだ。
「ふざけんな、あんまり思い上がんなよ七夕。お前はみんなから愛されてるし必要とされている。そんな奴の言葉が必要なのは、お前と同じみんなから愛されている奴か必要とされている奴だけだ。僕は別に慰めてほしくて生きてるわけじゃない!」
「ふざけないで!」
僕はいきなり振り返ってきた七夕に対応するのが遅れ、後ろに下がるときに足を引っかけて盛大に倒れる。
すると七夕は僕の両肩を地面に押し付けて目線を合わせる。
「ふざけないで。私はみんなから愛されてほしいわけでも必要とされたいわけじゃない。それはただの結果」
七夕はすっと息を吸うと話を続けた。
「私はみんなのことが好き。私はみんながいないと何もできない。でもそれはみんな思っていることだよ。だから人はお互いに寄り添い合って生きてる。私がここにいる理由を少しでも考えた?」
考えたさ。君は人がいいから僕なんかの面倒も見ようと思ったんだろ?
そんなことが僕の頭に蔓延する。むしろそんなことしか思いつかない。考えられない。
「私は君とも仲良くなりたいんだよ更科。友達が多いからってその人個人個人への思いが薄れるわけじゃない。そう考えなかった?」
はは、僕と仲良くなりたい、か。ジョークにしても面白くない。
僕はか細い彼女の腕をつかんでほどき、立ち上がる。空は太陽の赤みはすっかり消え失せ、代わりに薄々と光る星明りのみになってしまっている。
「ごめん、七夕。もし僕が普通の人で、もっと愛想のいい奴だったら君とはもっと仲良くなれたと思う。本音だ」
一拍置いてもう一度口を開く。
「でも僕はそうじゃない。君は確かにすごい奴だ。でもだからって全部完ぺきにこなせるわけじゃない。万人は救えないんだよ、だから僕は救えない。でも久しぶりに僕のことを何とかしてくれようって思ってくれた人がいるってだけで、少し心は楽になったよ。ありがとう」
すると七夕は目線を上げずに立ち上がった。それを見た僕は、夕方に来た道をたどり、自分の家まで歩いて帰っていった。
※ ※ ※ ※ ※
「……馬鹿」
私は気づけばそんな言葉を口にしていた。
彼は私が困っている人をほっておけないヒーローのようなものだと勘違いしているのだろうか。
そんなわけないのに。
私は上を向き、地球の光にかき消された星々の光を見つめる。
彼は優しすぎる。帰っていった時も私が立ち上がってから目線を外した。きっとその優しさが彼自身を苦しめているのだろう。
じゃあ私はそれを教えてあげられるのだろうか。助けてあげられるのだろうか。答えは否だ。
そもそもただの一般人が何を彼に言ったところでなにも響かないだろう。
「さっきも怒られちゃったしなあ」
私は偽善で声をかけたわけではない。それでも彼の気持ちを考えて話したかと聞かれると首をすぐには縦には振れない。
……やっぱり考えすぎかもしれない。でも考えないわけにはいかない。
次に彼に会った時はなんて声をかけよう。まずは彼の環境を変える手伝いをしよう。それから、それから――
※ ※ ※ ※ ※
家について、母の作った晩御飯を流し込み、自分の部屋のベッドに寝転がった。
僕は人を傷つけることしかできない。それを言い訳にする訳ではないが、しかたのないことなのかもしれない。
でもやっぱり善人が傷つくのは胸が痛む。今日の一連の出来事だけでどれだけ彼女を傷つけただろうか。
ただの僕の甘えによって傷をえぐってしまう。
……明日もし話すことができたのならちゃんと謝ろう。
やっぱりこのままは駄目だ。言い訳を作るのは簡単だ。でも誠意をもって償いの言葉を作るのは難しい。
必死に考えたが、うまく謝る言葉が思いつかない。
それもきっとこれまで人との関りを持ってこなかった罰が当たったからなのか。言われたことはしっかりこなすし、やれと言われればする。
そんな機械人形のような生活を送ってきた僕へのあてなのか。
僕はいるともしれない神様に聞いてみる。自分からは決して何もしないくせに、罰だなんだののマイナス面ではすぐに働きだす神様は嫌いだ。
でも僕に信じることができるのは、具体的な何かではなく抽象的な何かだけだ。ならもう仕方ない、仕方ないじゃないか。
僕は考えることを止め、布団を深くかぶって意識を手放した。
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