第5話

 僕は教室に戻って、自分の席に着いた。すぐにホームルームが始まるので、休憩は無い。


 先生が入ってきて名前を読み上げる。僕はそれにいつものように適当に返事をした。


椎名しいなさん」


「はい」


 短く切られた髪。そいつはさっき僕のことを殴ったやつだ。あの三人組の中心的存在だ。


 僕にちょっかいをかける奴のほとんどはでだ。

 特に自分には理由は無いが、周りがそうしているからする。そういったものだ。


 ひどい話だが、こんな例はありふれすぎた話だ。

 人は共感を、または普通を造りたがる。


 たとえそれが普通だとしてもだ。だが――


「彼は僕に明確な敵意がある……のか?」


 僕はそう薄々感じていた。

 他の人が流れで僕に敵意を向ける中、彼だけは本気の目をしていた、ような気がする。


 人の気持ちを勝手に量るのが特技の僕だ。自身もなくは無い。


 でもまあ、結局は流されていようが流されていまいが、敵意を向けられている側からすれば同じことだ。


 社会はよく一人でもいじめられている対象ターゲットに寄り添ってあげよう、なんてほざいている。

 

 だが現実は寄り添って大きくなってくのはいじめている捕獲者ハンターだけで、ことがそんな簡単に済むのなら問題になったりしない。


 今日の授業は適当に済ませた。どうせ授業でやったことなんてすぐに忘れる。それなら効率的に自宅でやった方が賢い選択だ。


 いつもの如く一瞬にして下駄箱まで下りると、スリッパを元の場所に戻して自分の靴を履く。


 やっぱり退屈だな。どうして人は無理に退屈な人生を意義のある物だと声を大にして言うのだろう。


 技術が発展するにつれて環境問題が深刻になるように、僕がここに居なくても悲しむ人がいないように。


 影がある日無くなっても、数日後には慣れてしまうだろう。

 僕はいったい何なんだろう。それが知りたい。


 玄関から僕は外に出ようとして、急に肩を乱暴につかまれた。


「おい、ちょっと付き合えよ」


 僕は振り向いて呆れのため息をつく。


「なんだよ、まだ殴り足りないか?椎名」


 すると椎名は更にグッと僕の肩を強い力でつかむ。

 彼の目は僕に何かを猛烈に伝えたがっていたが、僕はそれを一蹴する。


「無理だ、僕にはこれから行くところが……」


「なら無理やりにでも連れていく」


「……」


 僕はもう一度彼の目を見る。どうやら離すつもりは無いらしい。


 このまま掴まれていたままでも何の進展もなさそうだ。冷静に考えれば僕はこれからきっと傷を増やすことになるのだろう。


「はあ、分かった。ついて行く」


 その僕の返答に気に食わなかったのか椎名は敵意むき出しの目で、肩から手を離して僕の襟首をつかんだ。


 だがすぐに手を離すと、「ついて来い」とだけ言って歩き出した。


※ ※ ※ ※ ※  


 僕が椎名に連れてこられたのは学校から少し離れた河原だった。


 夕日が水を赤く照らし、いつもとは違った美しさを醸し出していた。


 河原の傍の道路は車の交通量は多いが、人の交通量だけは少なかった。


「ここで何するんだ?」


 僕は前に二メートル先にいる彼に立ち止まって声をかける。


 すると彼は振り返ると僕を睨みつけた。


「俺はお前が大嫌いだ!理由はお前のその全部諦めたような全部知ってるような態度だ。気持ち悪いんだよ!」


「赤の他人に僕をわかってもらおうなんて考えてないし、自分から関わろうとしたこともない。そんな人物に敵意を覚えるなんてよっぽど暇なんだね」


「知ってるさ、お前寝たきりの彼女がいるんだろ?」


「だからなんだよ」


「それでその態度か?」


「だったらどうする」


 すると彼は僕との距離を詰めると思いっきり僕の腹を殴った。


「ぐッ……」


「俺はなア更科!去年、一年前に母親を事故で亡くしてるんだよ。悲しかったよ。でもなあ!俺はこのままいじけてても何も変わらないことに気づいたんだ。一年でだ、お前はその四年間何してたんだよ!?自分から何か変えようとしたのか!?」


 思い出した。そういえば彼とは中学校が同じだった。中学校でもほとんど関わることは無かったから忘れていた。


「君に僕の何が分かる」


「分かる訳ねえだろーが!お前さっき言ってただろ、僕は誰にもわかってもらおうとしないって。それなのに人に理解してもうなんて甘いこと言ってんじゃねえよ!イライラするんだよ、不満があるのに自分から動こうともしない、頭は回すのに肝心なとこは怖くて考えない、全部他人任せ。それが俺は一番嫌いなんだよ更科!」


 彼の言っていることは正論だ。正論すぎる。だから僕みたいなやつには届かないんだ。


「なんで現状を変えようとしないんだよ!」


 全部無駄だからだ。


「なんで声を上げないんだよ!」


 それで僕は変われるか?


「なんでを大切にできないんだよ!」


 ……あ?


 すると僕は自然と拳に力を込めて椎名にぶつけていた。


「黙れよ、所詮お前もクズだろ。そんな奴が現状に不満があるだろ?助けを求めろ?ふざけんな!お前とって僕はただの対象だろうが、結局お前は僕という悪意の捌け口を見つけて正当化しようとしてるだけだろ!?そんな奴が僕を、櫻花を語るな!」


「……痛えな、最初っから殴れんならそうしろ、怒れんなら怒れ。お前がそうしねえからなんも変わってないんだろ!?」

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