降りてこい!
関谷光太郎
第1話
キーボードを叩く手を止めて、
画面には『あのね、俺思うんだけど』の文字だげが打ち込まれていた。
なぜ『あのね、俺思うんだけど』なのか。
いつも通り、書き始めてから考えるという悪い癖だった。
彼は趣味で小説を書いている。いくつかの投稿サイトにも登録し、合間を見つけては書き綴ることを楽しんでいた。仕事から帰宅すると風呂、食事、執筆をローテーションとし、休日ともなれば一日中パソコンの前で創作に
そんな
未だ一本も投稿したことがない!
ということを、みなさんは信じられるだろうか?
確かに彼は、プロットというものを組まないし、ストーリーラインやキャラクターを思いついても、書き出して整理することを一切せずに頭の中だけで処理しようとする悪い癖がある。
だがその真面目さにおいて、せめて短編の一本くらい書き上げらないものかと思うのだ。
そして頭も悪くないので、いざ書き出してはすぐに行き詰まってしまう理由も本人は自覚しているはずなのだ。
なのに。
彼は、また同じ過ちを繰り返そうとしている。
「いや、違うぞ」
「今回だけはいけそうな気がするんだよ」
おい、それは前回も聞いたセリフだ。あれは、異世界転生ものを思いついた時だった。酔っ払って橋から落ちた男が、そのまま河を泳いで生還するという、異世界転生でもなんでもない話を、彼はわずか二行で
「あれは異世界転生というジャンルが合わなかっただけだ」
いやいや、合うとかじゃなく、そもそも異世界転生のジャンルでさえなかったんだよ。
「うるさいな! ジャンルの問題じゃないんだよ。パッションだよ、パッション!」
パッション?
「そうだ。あのペンネームを思いついた時と同じパッションが、今俺の脳髄を支配しているんだよ!」
「そう、あの時だ。俺は創作のインスピレーションが降りてきた瞬間を目の当たりにした!」
仏という字にこだわった彼は、とにかく仏の入る名前を考えた。
まずは
三日三晩、彼はペンネームをひねり出す作業に没頭した。
そしてついに。
天より降ってきた名前があった。
「俺はあの時、ヒラメキは降りてくるものという実感を得た」
彼はパソコンの画面を凝視した。そして待った。祈るようにして待ち続けた。
『あのね、俺思うんだけど』に続く言葉が、天より降ってくることを。
あのね、俺思うんだけど。
「むむむ、もう少し!」
あのね、俺思うんだけど。
「もういっちょう!」
あのね、俺思うんだけど。
「まだまだ!」
あのね、俺思うんだけど。
「くっそう!」
あのね、俺思うんだけど。
「おお、きたきたきた、降りました!」
『あのね、俺思うんだけど……やっぱり『直観』っていうお題は書けそうにないわ!』
ぼん!
パソコンがクラッシュした。
彼はブラックアウトした画面を見つめたまま固まった。
降りてこい! 関谷光太郎 @Yorozuya01
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