第五話 提案に後生が中てられるとしたら

目下のクードは、陽気で都市全体の空気が澄んでいる。ある鳥は飛翔し始め、ある鳥は北へ向かっていく。穀雨まじかのこの季節は、アフィニス全体…、いや、生き物たちへのご褒美と言っても差し支えない。


人間が光のもと往来するように、人々は出会いと別れを半ば強制される。桃色の花びらがひらひらと落ちるこの時期は最たるものと言えるだろう。


新しい出会いが良い事なのか悪い事なのかなど、少なくとも人間には分からない。別れが良い事なのか悪い事なのかも分かりはしない。


人間が決めたことは、所詮人間が決めたことを超えられはしない。


だが、これだけは言える。新しいことに触れなければ、新しいことには気が付けない。そして新しいことを求めるのは、とても人間らしいことであると。


人間が人間らしくいようとするのを止めることは、他の何者にも許されないことなのだと。


「領主様に対し奉り、拙い行儀作法や言葉使いでありましょうが、お許しいただきたく存じます」

「そんなに堅苦しくしないで。子供にしか許されないんだから」

「…はあぁ」


想像していた貴族との乖離から思わず適当に合図をしてしまうブバルディア。


(僕の知識が間違っているだけで、本当は礼儀作法や言葉使いは簡単なものなのでしょうか?)


ニコニコと綺麗な笑みを浮かべるルイス。衣服を除けば、街にいる愛想のいいあんちゃんとそう大差ないかもしれない。他には吟遊詩人の服装が似合いそうだ。


「ブバルディア君はクードに住んでるの?それとも近くの街や村?」

「クードです」

「へー。実家は何をされているのかな?」

「物心つく前から親族がいなかったので、今の今まで孤児院で育ってきました」

「大変だねぇ。因みに何処の孤児院?」



「第一孤児院です」


何のために来たのか。何のために会話しているのか。そんな初歩的なことすら忘れてしまったのだろうか。そんな錯覚もこの会話にお似合いだろう。


「あっ!あそこね!どう?院内の様子とか」

「孤児みんな生き生きと生きています」

「うんうん。やっぱり子供は子供らしくしているのが一番だね!資金を回して正解だよ。…俺の最初の子もそうだとよかったんだけどね」


ブバルディアは最後の言葉で何を返せばよいのか逡巡する。ブバルディアが想像していた貴族とはかけ離れているものの、ルイスの機嫌を損ねればどうなるか分からない。


ブバルディアはただの非力な少年だ。先程番兵に刃を向けられた時のように、抵抗するのではなく、ありのままを受け入れることしか選択できない。少年には得物を操ることも、魔法を使うことも出来ないのだ。


「…そうですか」


ルイスは自分が失言したことに気が付き、誤魔化すように笑いながら、己がずっと思っていた本音を吐き出した。


「いつまで経っても紅茶と茶菓子が来ないんだけど?」


執事が出した答えには、笑みが付属してきた。


「いやはや。旦那様が普段から私共の言う事を聞いてくださらないので、空気を読んでみました」

「…それってただの嫌がらせだよね!?立場逆転してない!?」

「いえいえ、では頃合いですし私は準備しに参りますね」

「早くお願いねー!って執事なんだから部屋の前まで女給にやらせればいいじゃん!」


アルフレッドの去り際に放ったツッコミは途方に消える。


一連の茶番劇に、ブバルディアはなんと反応すればいいか分からなかった。笑うべきか、それとも執事に対して叱責すべきなのだろうか。結局少年は真顔のまま一部始終を見て終わった。


「いやごめんね。アルフレッドはとても仕事が出来る人間なんだけど、最近は特にああいうよくわからない行動をしていてね」


第三者に見せる者ではないとルイスは内心羞恥するが、いち貴族の面の皮はそう簡単に崩れはしなかった。


「話を戻そうか。…そういえば何の話をしてたんだっけ?」

「…何の話でしたかね」


白を切る。選択肢の中にはパトロンに関する話と偽ることもあったが、リスクを考えて一番穏便に終わりそうなのをブバルディアは選んだ。


ルイスは腕を組んで何を話そうかと思考する。


「…あ、そういえばなんでうちに来たの?」

「…執事さんにお話をうかがっていないのですか?」

「うん」

「………。理解しました。では少しの間、ご清聴くださいますようお願い申し上げます」


(もしかして世間話をしに来たのとでも思われていたのでしょうか)


ブバルディアは自分がここに来た理由、旅人として生きていくための資金を援助して欲しいということを説明し始めた。


訳を話しているうちに、自分がとても可笑しい行動をしているのだとブバルディアは再確認するが、もう遅い。


先程までのルイスの態度は、ブバルディアの目的を知らない段階だった。もしかしたら話を聞いて態度が変わるかもしれない。生き物は十人十色。万が一の場合を考えれば、自分に何か危ないことが降りかかるかもしれない。そんな心配をしながらも、ブバルディアは正しく自分が来た理由を話す。再三だが、もう引き返すには遅いのだ。


説明が終盤にかかるころには、ルイスは表情が変わる。先程までの笑みではなく、玩具を見つけたような子供の笑みを。


(成程。アルフレッドがここまでした理由がわかった。確かにこれは…)


「…とても俺好みの人間だ」


瞬間空気が変わる。


それはまるで世界が人間を受け入れたような名状、そして形状し難いものであった。


「…ブバルディア君」


ルイスは心の底から言葉を探す。


「パトロン…という形ではそのお願いを聞き入れない。意地悪しているのではない。そしてこの意見を変える気はない」

「…そうでs」

「でも、提案がある。それはきっとパトロンよりもいいもので、君と俺が納得できるものだと自負させてもらう」


君には喋らせないと言わんばかり…いや言わせないと思っているのだろう。


遮られたことと、先程とは全く異なるこの部屋の雰囲気から、ブバルディアは今、自分が何か言うことはご法度なのだと気付く。そして何かを問うことは、これからの彼の話を蔑ろにすることになってしまうのだとも。


「私の子供の行儀見習いになってみないか?」

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