第四話 当主が奇傑というのなら
刃は丁度ブバルディアの頭に合わせられていた。
鮮血が舞い、脳漿が飛び散る。小さな身体は真っ二つになり、中から臓器が飛び出す…ことはなかった。
確かな勢いと共に振り下ろされた槍は、何故かブバルディアの頭に触れる寸前で止まっていた。常人から見れば、寸止めをする勢いではなかったはずなのに、それはまるで最初からそうなる運命だと言わんばかりの一振りであった。
何かを見定める目、目の前で人が殺されずに安堵している目、何事も受け入れるのだと豪語する目。
一連の出来事に瞬きは存在せず、攻撃された本人は、攻撃される前と何も変わらない毅然とした表情で槍を振るった番兵を見上げている。
静寂は続き、久遠とも思える時間が過ぎる。
いつまで続くのか、誰しもがそう思っていれば、思いが事実へとなる。
「何事ですか?」
門の内側から第三者の声が聞こえる。草を踏みしめる音と共に聞こえたその声は、穏やかな男性の老人の声。人を優しく諭すような清涼剤のようだった。
二人の番兵は声を聴いてか、ブバルディアの頭上に存在する槍と、ブバルディアに向けられていた二筋の槍が仕舞われた。
少しすると門越しに一人の老人が表れる。執事服を身に纏い、気品と高貴さを兼ね備えているのが体裁だけでも分かった。白く染まった髪と、顔に刻まれた年輪を見れば、この男が自分とは比べ物にならない年月を生きていることを改めて実感させてくる。
そんな執事を実際に見たブバルディアだが、特に何の反応も示すことは無かった。出てくるのが当たり前だとでもか思っているのか。ここまで真顔だと、どこか狂っているのでは?と疑いたくなってしまう。
例えそう思ったとして、本人に君は可笑しいと言ったとしても、「そうですか」と言われて、何も気にしている様子がない彼が簡単に想像できてしまうが。
「アルフレッド様…お耳をお借りしても?」
『アルフレッド・ノウティヌス』。ムサンナブ家当代を表から支えている支柱であり、ムサンナブ家に使える者は皆、この執事に敬意と信頼を抱く。先代の時からムサンナブ家に仕えており、知名度という点では、貴族界隈では有名な人物だ。
アルフレッドはブバルディアを不思議そうに見つめながら、番兵に耳を預ける。先程槍を振るった番兵はアルフレッドに近づき、何かを耳打ちで伝え始めた。するとアルフレッドは番兵の言葉を聞いて、驚いた表情を浮かべながら、ブバルディアのことをさらに強く見つめた。
そしてその驚きは次第に変化していき、全ての内容を番兵がアルフレッドに伝え終わる頃には、笑みを浮かべていた。
「貴方は立派な選球眼をお持ちだ。ここは一つ試してみましょうか。少年殿、名をなんと言いますか?」
「ブバルディアと申します」
「おお、いやはや。何とも面白い名前ですな。どうぞ此方に」
執事がそう言うと、1人の番兵は待ってましたと言わんばかりに門を開け始めた。もう1人の番兵は、結局どういうことなのか理解できなかったが、取り敢えず同僚と同じことをすればいいのだと、門を開けることに取り掛かった。
金属で出来た重い門はギィィと音を立てながら次第に開いていき、邸宅へと続く道が表れた。
「さあ、どうぞ此方に」
「はい」
少年の表情は相変わらずだが、内には確かな高揚が存在していた。
ブバルディアは案内された部屋である応接間を概観する。その手の知識がないため、見た目だけの判断だが、見るからに高そうな装飾品や置物が置かれていて、床には塵一つない。そのためブバルディアが身に纏っている服は、この場にはあまりにも不適切と言わざる負えない。
基本貴族の応接間に来るような人は貴族や、ギルドの
ブバルディアは孤児院出身の平民としては規格外の知識を保有している。この世界の平民の殆どは、文字の読み書きを、生活するうえで
では何故ブバルディアは孤児という一般平民よりも不遇な立場にあるにも関わらず、貴族のご子息とそう大差ない知恵を持ち合わせているのか。それは孤児院の環境と、何より領主様のお力に他ならない。
ブバルディアが待ち時間を適当に思考して潰していると、コンコン、と応接間扉がノックされた。
「失礼するよ」
ブバルディアの返事を待たなくして扉は開けられ、一人の新しい男性が表れる。煌びやかな装飾品が付けられた礼服を身に纏い、後ろには先程ぶりの執事アルフレッドが付随していた。その男性はブバルディアと面と向かうように置かれた椅子に腰掛け、その斜め後ろにアルフレッドが位置した。
「えーと名前は…何だっけ?」
「ブバルディア様です」
「そうそう!ブバルディア君ね。今日は宜しくね!」
「宜しくお願い致します」
アルフレッドの立ち回りで大体の想像が出来る。故にらしくないこの振る舞いに、流石のブバルディアも困惑していた。本で見た貴族のイメージとは乖離していて、裏があるのでは思ってしまう。
「うんうん。あ、自己紹介をしなければね。オホンッ!私はムサンナブ家当主『ルイス・エラスタ・ムサンナブ』。あ、もう君のことは知っているから自己紹介は改めてしなくていいよ」
「私奴のことをご存じいただいて光栄です」
彼は旅人ではない。一人の少年に過ぎない。人生の大きな岐を、まだ彼は曲がり切れてはいないのだ。
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