第三話 期待と期待が折り合うというのなら

陽が昇れば人々は動き出す。都市となれば相当の人数が営みに追われている。徐々に街には人の姿が多くなり、活気が感じられるだろう。


活気が感じられるのは領主の判断材料の一つになりえる。名君ならば自然と人が集まり、それだけ市場が大きくなり、街に活気が見られるだろう。しかし、暴君暗君ならば人は離れていき、商業は盛んにならず、街は寂しいものとなるだろう。


都市、街、村の様子は、領主の生き写しなのだ。


ならばこの都市クードはどうなのか?


住民に聞けば教えてくれるだろう。当主様はとても寛大なお方であると。多くの貴族は自分の私利私欲に走るが、当主様は住民に自分の財産を削ってまで恵みを与える素晴らしい侯爵様であると。


実際に街には活気に満ち溢れていて、街を二分する大通りには、沢山の人と店で街を盛り上げている。アフィニスにおいて、王都と、四人の選帝侯が治める四都市以外では、都市の中でトップクラスの生き生きとした街である。


「ふぁぁぁぁ…」

「おい、みっともないぞ」

「そんなこと言ってもなぁ。朝早くから棒立ちは眠さと暇でくたばりそうになるだろ…」

「そう言っている棒立ちが俺たちの生業なのだから文句を言うな。辞めたいのならば門番を辞めればいいだけの話だろう」


クードの上部に存在する邸宅。そこは街の中央から離れていて、閑静な場所であた。自然は居住するために適当な調和が感じられる。邸宅を守るように柵が四方に造られていて、門には二人の番兵がいた。


「はぁ…。こんな楽な仕事は他にない。番兵って言っても不審者は来ないし、只々突っ立ってればいいんだから」

「そう思うのなら精々リストラされないようにしっかり取り組むのだな」


日常は変わりゆくものだが、彼らにとっての日常は、門の前で立ち続けることだ。邸宅を守るための立派な仕事であり、いなければならない存在であるが、クードのように治安が良い街では、番兵らしい出番はないといってもいいくらいであった。この仕事にやりがいを感じられないのも無理はない。


諧謔かいぎゃくだな…。て言っても今日も昨日と変わらないだろ」


門からギィィと音が鳴る。立ち続けるのは酷だが、流石に地面に座ることは出来ないので、片方の番兵が門に寄り掛かったからだ。


「どうだろうな。…ほら今日は何かが起こりそうだぞ」

「…ん?まじ?…ほんとだ誰か来るじゃねえか…よいしょっと」


街が風に靡けば、足音は少し遅れて聞こえてくる。


無謀で無知な一つの夢は、足音共に確かな道を進んでいる。


自由奔放な旅人に逡巡は似つかわしくない。


彼がした選択は阿呆で狼藉で豪胆で、何より馬鹿の中の馬鹿でしか出来ないモノ。


「何者だ止まれ!」


番兵の冷徹な顔の奥には何かを期待する高揚感。不謹慎などと言う言葉は関係ない。人生は新しい何かを求め続けなければやってられない。あいつもそいつも。人間は何処かで新しいモノの奴隷になっているのだ。


行くのだ少年。この選択をしたモノはもう戻れない。進み続けることしか許されない。その先が希望でも絶望でも、様々な人と出会い、様々な別れを経験することになるだろう。嬉しいことも楽しいことも悲しいこともそれは君にとって明確な成長になる。


困難も恭敬も乗り越える。誰も知らない目標を求め続けるのが旅人。


「…僕のパトロンになってくれませんか?」


この時から、ブバルディアは旅人としての人生に足を入れたのである。






クードにある一番の邸宅、それはクードを統治する侯爵ルイス・ムサンナブの母屋。喧噪とは無関係なこの場所では鳥の鳴き声が聞こえ、ある程度の都市全体を見渡せる高地に聳えている。大きな庭園と蕭灑しょうしゃなお屋敷があり、まさに庶民の夢を体現した物と言っていいだろう。


しかし上には上がある。アフィニスの四方を守る様に造られた四つの大都市、そしてアフィニスという国の要である王都。これらの都市規模になれば相手にならないが、同じ都市規模の中では豪華絢爛な類である。


都市クードの歴史を紐解くとなれば、ムサンナブ家と邸宅は欠かせない存在だ。クードが作られたのは何百年と前。造られた当時から統治を行っていたのはムサンナブ家であり、ムサンナブ家は貴族の中では最古参に当たる。そんな都市クードを建造した際、最初に造られた建物が、紛れもなくこの母屋であったとう。上記のことが真実であるならば、ムサンナブ家とこの邸宅は、一心同体と言ってもいいかもしれない。


「…失礼、貴方方に言っているのではなくて、領主様に対しての言葉です。勘違いされたのなら謝罪します」


求めていたのはこれだったのだろうか。否?否?いや可。なんとも突拍子であり内容が馬鹿げていて言葉が出ない。


滑稽。そうとしか言えないのに、透き通った目が否定してくる。


すじの自分に向かった槍を目前にしても、一切の揺らぎが見えない。


「…ああすまん嬢…坊ちゃん…か。見た感じまだ真実の儀もやっていない年ごろなんだろ?」


質素な服に隠されていた右手を露出させる少年。


「あ、別に見せなくてもいいんだ…。やっぱり15歳以下ってことだな。…なあ坊ちゃんは自分が言っていることの意味を分かっていんのか?」

「勿論です」

「…じゃあ、坊ちゃんは何か特別な人なのか?見た目だけじゃ只の平民にしか見えないんだが…」

「仰る通り特別なことなどない、ただの平民です」

「…ああ、駄目だ。俺には理解できねぇや!相棒!どういうことなのか教えてくれ!」


思考を放棄するな。そんなんだから見た目も頭も脳みそしかないのだろう。


「安心しろ。俺も理解不能だからな」

「どうやって安心しろと!?」


相方のツッコみには興味がない。何故ならボケているつもりはないからだ。


与えられた仕事を正しくこなす。それが労働者であり、一介の人間として心酔した主に仕える二足の草鞋。


自信の期待と、仕事とどっちが優先かと言われれば、二つ返事で後者だ。


「こう安心するんだ」


少年に突き出していた槍を引く。


「おい何する気だ」


そして槍を掲げ、俺は少年の頭目掛けて槍を振り下ろした。

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