第二話 まともな解決策が存在しないとしたら
「いや…、なんというかね。昔の自分と君を対比させてしまってね…」
悲しい。
それは感情表現の一つだが、悲しいと思えることは、当たり前のことで大切なことだ。普遍的に悲しいと感じるときは、自分が大切にしている何かを失ったときだ。家族、親友、
ブバルディアの気持ちを受け、今バジルの心に渦巻く感情の中に、悲しいという感情が存在していた。しかし純粋な悲しいというよりは、悩んでいたことと何かが混ざり合った、憂愁という言葉が適当だ。
「…」
人間は感情を持つ生き物だ。喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖、これ以外にも幾多の感情は存在し、人間は感情と共存しているのだ。
そして今羅列させたものを含めた主要な感情たちは、生きる上では必要な感情である。感じたくはないであろう感情も、なければ笑顔を振りまくだけの木偶の坊を完成させる。子供のようなまだ世界について未熟な者なら、直ぐに死ぬことになる。負の感情も人間が生物として進化するうえで手に入れたものに変わりはないのだ。
だがそうと分かっていても、生きてる上ではあまりお目にかかりたくないモノである。無理だと分かっていても、本当は必要なモノだと分かっていても、ときに人は特定の感情を捨てたくなる。これはいつの時代にも思われてきた大衆の意見である。
「…うん。ごめん、ちょっと取り乱しちゃった。取り敢えず、今君がすべきことは旅人として生きていくうえで必要不可欠な事柄を解決すること」
この場でバジルが自分の思いを打ち明けることは必要なことではない。彼自身の問題を解決、あるいは変化させるというのなら必要なことだが、今二人が向き合っているのは、ブバルディアが旅人になるためであるのだから。
バジルが自分のことを棚に上げたのなら、それを追求する気はブバルディアにはなかった。
「そうですね。ただ、些細なものは抜きでお願いしたいです」
「流石にヒイラギさんもそこまでとは思うけどね。旅人にさせる気がないならまだしも、あの人は出来る限り自由に生きて欲しいって思うような人だから」
同意の頷きをする。物心つく時から一緒に生活をしていたため、ヒイラギがどのような人間かは把握していたからだ。
「さて、最低限な問題は僕的に二つ。ヒイラギさんが言ってたことと同じだけどね。路銀と立場。この二つ。僕だったら片方だけでも諦めるね」
「でもそれじ」
「そう。それじゃあ駄目。この無理難題に近しい二つを、僕たちでも何とか出来る方法を模索するのがこの時間さ」
バジルは人差し指を立て、ブバルディアに笑いかけながら声を被せる。
「まあ、多分これ以外ない解決法は無いと思うよ。パトロンを作る。それも支援者に真実の儀で模様を刻ませるほどの立場を持った人。この都市じゃ一人?一家?しかいないね」
「…ムサンナブ家、ですよね」
「その通り。まあこっから先は僕にも分からないけどね。だって領主様に会う事すら僕ら平民は困難なのに、会うための口実は必要だし、パトロンになって下さい!って言っても門前払いになることが自明。パトロンになる利点が一つもないからさ」
「…お目通りするための理由と、パトロンになることの利点を今から作り出すことは出来ませんか?」
「うーん、無理かなー。本当にどうしようもないというか、しょうがないというか」
時間はない。立場もない。夢はあっても壁を超えるほどの知恵はない。一般庶民の二人では、これ以上のことは残念ながら思いつくことはなかった。
「なんかもう、切り捨てられる覚悟で突貫するくらいしか思いつかないや」
「…突貫とは?」
「ん?文字通りさ。アポなんか取れもしないんだから、番兵の人に事情を伝えて何とか領主様に言葉を届けるんだ。同じことを言うけど、切り捨てられる覚悟でね」
一つの都市を守る領主となれば、領兵が存在する。武装された彼らは、領主やその家族、財産を守るために命を懸ける。それが仕事であり、それが彼らに与えられた役目なのだから。彼らを下手に刺激をすれば、殺されても文句は言えない。
「………」
「ん?どうかした?」
「…あ、いや、考え事をしていただけです」
突貫。それは笑いながらバジルがやけくそで言った言葉。これがブバルディアの人生を変える行動をそのままに表すことになるとは、バジルは考えもしなかった。
仕事が終わり、孤児たち皆仕事から帰路につく。日は既に沈む寸前で、落ち切ってしまえば、街を出歩くリスクが大きく増加する。月明りだけでは街は十二分に照らされない。不審者や札付きに出会っても助けが来るかは分からない。そのため孤児たちは死なないためにで自分たちの家、つまり孤児院へと駆ける。その姿はまさに
赤ちゃんから青年まで。孤児院にはありとあらゆる子供がその身を置いている。孤児の多くは、売春婦などに宿ってしまった望まれない場合や、両親が何かの理由によって育てることが出来ない場合である。
「仕事の方はどーなんだディア?」
「まあぼちぼちです」
世間話をしながら食事にありつく孤児たち。料理をするのはシスターとまだ幼い孤児たちで、ブバルディアもそんな時期があった。普段から冷静で静かなブバルディアは、好奇心旺盛に料理をする他の孤児と違って、シスターたちによく褒められていた。中にはみんなブバルディアのように、物事の聞き分けがいい子になって欲しいと思っているシスターもいたらしい。
全員が全員ブバルディアのようになってしまえば、子供にあるまじき静かな空間が生まれて不気味だと思うが、分かっていても言ってしまうシスターの大変さも分かる。年中休みなしで子供と生活するのだ。若いころならまだしも、歳を取れば取るほど、身体への負担は日に日に大きくなるだろう。
食事が終われば他にやることはない。本を読んだり話をしたり、各自就寝までは自由に過ごす。外は月明りと、孤児院の門に備えられた松明の灯りのみ。外で遊ぶことは出来ないので、そこそこの大きさの孤児院は急に窮屈になるのだ。
普段ブバルディアが何をしているのかというと、それは読書だ。小さいときから文字を教えられたため、ブバルディアは文字が読めるのだ。これは領主のムサンナブ家の寄付金があってのものだ。
なら今日も本を読んでいるのか、と思えば、どうやら違うらしい。少年は徐に席を立ち、部屋の隅で本を読んでいる大人しそうな一人の少女へと近づく。
その少女はブバルディアと同じ、あと少しで真実の儀を迎える女の子だ。少女は理容師を目指していて、この孤児院では、彼女が皆の散髪を承っていた。
「お取込み中失礼します。僕の髪を整えてもらえますか?」
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