華観月さんは七不思議

揣 仁希(低浮上)

ひとつめの七不思議


 僕の名前は双葉 要ふたば かなめ16歳。


 ようやく高校生活にも慣れてきた取り立ててなんてことはない、まだ夏には早くかと言って春はもう終わりを迎えた──そんなある日の出来事だった。




 都内でも有数の進学校でありながら、スポーツや芸術の分野でも多数のアスリートや著名人を輩出しているこの夕陽ケ丘学園には『七不思議』なるものが存在する。

 小中高そして大学まであるこの学園の『七不思議』は他で耳にする様なものではない。



『七不思議』その全てがこの学園に在籍する実在する『誰か』を指していて、正式には『7人の不可思議』という。

 いつからそれがあるかは僕も知らないし、きっと皆知らないのだろう。

『七不思議』の『誰か』が卒業すると、いつしか次の『誰か』が『七不思議』になるのだそうだ。

 小学生の頃からこの学園にいる僕もつい最近まである意味一種の都市伝説的なものだと思い気にもしていなかったのだけれど……


 いざその不思議のひとつに遭遇してしまうと信じざるを得ないというか、何というか……



『七不思議』のひとり、『華観月さん』



 才色兼備、容姿端麗、お金持ちで人当たりもよく生徒会長まで務める3年9組の華観月 詩音はなみづき しのん

 高校入学式の時に壇上で祝辞を述べる彼女の姿は、はっきりと鮮明に思い出すことが出来る。

 腰あたりまである黒髪に驚くほどに整った美貌は僕の脳裏に焼き付いて離れない。


 そんな彼女が何故『七不思議』のひとつと呼ばれているのか?


 僕はその理由を知ってしまうことになった。







 偶々と偶然必然不思議な程決まっていたかの様に重なり合い幸運と不幸が互いに気付かずにすれ違ったその日、僕は初めて3年生の校舎に足を運ぶ羽目になった。



 今日は偶々いつも乗る電車が事故で遅れていて、偶然にも次の電車で担任の先生と同じ車両になったおかげで幸運にも遅刻を咎められることはなく、そして電車の中での会話の流れから放課後に生徒会室まで荷物を運ぶ事を仰せつかった。


 見事な三段活用ならぬ四段活用。


 実際のところ早く帰らないといけない用事もなく、頼まれると断れない僕の性格も災いしたのだろう。


 これがただ単に荷物運びだけであったのなら何も問題はなかったし起こりもしなかった。


 そしてその問題は渡り廊下を渡り終え、生徒会室のある4階への階段を上がり始めた時に起こった。



「あら?こんな時間にどうかされたのかしら?」


 階段の踊場からそう声をかけられ僕は顔を上げ、硬直してしまった。

 踊場の手摺りに腰掛けて僕を見下ろしていたのは、綺麗な黒髪を指で絡めて微笑む華観月さんだった。


「あ、えと……に、荷物を、です」


 しどろもどろに答えた僕を見て小首を傾げるその姿の何と美しく絵になることか。

 僕は心の中で担任の先生と頼み事を断れなかった自分に感謝した。


「荷物?ああ……そう言えば頼んでいたわね。ふふふ、忘れていたわ」


 そう言って華観月さんは僕を手招きして階段を登っていく。

 僕は慌てて彼女の後を追って4階の廊下へ向かった。


 3年生の教室のあるこの校舎の4階は主に部室で占められている。

 その1番突き当たりにある最も広い部屋が生徒会室だと担任の先生に教えられていた。


「荷物は生徒会室に運んで頂戴ね」


「は、はいっ!……?」


 僕は振り返って華観月さんに答え……


 あれ?彼女は僕より先に階段を上がっていたはずなのになんで後ろから話しかけてきたんだろう?


 華観月さんは僕の後、丁度階段を上り切った辺りで変わらない笑みを浮かべていた。


 もしかして屋上に続く階段の影にでも隠れていたのだろうか?だとすれば意外にお茶目な人なのかもしれない。


「どうかしたかしら?えっと……名前、聞いてなかったわね。私は華観月 詩音、キミは何てお名前かしら?」


「ぼ、僕は双葉、双葉 要って言いますっ!」


「ふふっ、要くんね。じゃあ要くん、生徒会室までお願いね」


 華観月さんは僕の横をすり抜けて廊下を歩いていく。

 フワッと黒髪がなびかせた彼女はふと廊下から窓へと視線を逸らした。

 そして僕もそれに釣られる様に窓の外を見て……それは一瞬の事で、瞬きを1、2回するくらいのほんの僅かな出来事だった。

 次に視線を戻した時には僕の視界に彼女の姿はなく、遥か遠くの生徒会室の戸が閉まる音だけが聞こえた。


 時間にして1秒か2秒かと、そんな一瞬で彼女は生徒会室まで駆けたのだろうか?そんな事はオリンピックに出る様な陸上選手でも不可能だ。足音ひとつさせることもなく、だ。


 僕は狐に摘まれた様な感覚を感じながら廊下の突き当たりにある生徒会室の戸を開けた。



 夕暮れが過ぎかけて若干薄暗くなりかけた部屋の窓際に彼女は座っていた。

 さっきと変わらない笑みを僕に向け、小さく首を傾げる。


「どうかしたのかしら?そんな顔をして」


「え?いえ……あの、荷物はどこに置けばいいでしょうか?」


「そこの机の上にお願いね」


 彼女が指差した机に視線をやり顔を上げた時にはやはり窓際の机に彼女の姿はなかった。



『七不思議 華観月さん』



 クラスの誰に聞いても何故華観月さんが『七不思議』なのか誰も知らない。

 先生や上級生、卒業生、誰に聞いてもわからない。


 でも『七不思議』のひとつに数えられる華観月さん。




「もしかして……キミ、私が解るの?」


「え?」


 僕のすぐ後で彼女の声が聞こえた。でも振り返ってみるとそこに彼女の姿はなく、また違う方向から声が聞こえてくる。


「キミは今おかしいと感じている。私を見失ったという事象に対して疑問を感じている、そうよね?」


「え?あ、あの……は、はい」


 声のする方を見てもやはりそこに彼女の姿はなく、また違う方向から声が聞こえてくる。


「ふふふ、実にいいわ!興味深いわね!」


 視線を戻せば彼女はつい先程と変わらず窓際の席に座っていた。


「え?いったい何が……」


 こうなってくるともう僕の頭の中はパニックだ。

 見るたびに彼女の姿は消え、全く違うところに現れるのだから。

 窓際の席であったり、僕のすぐ後だったり、挙句に戸を開けて入ってきたりもした。


「私から視線を外さない様にしなさい」


「視線を……外さない?」


「そう。キミの視界から一瞬たりとも私を外さなければ私は何処へも消えたりはしないから」


 カタンと椅子の音が聞こえ彼女は僕のすぐ前の机に腰を下ろした。

 驚くほど完璧な美貌が目の前にあり僕はついまた視線を逸らしそうになった。


「ダメよ?要くん。ちゃんと私を見てないと」


 ひんやりとした白く細い手が僕の両頬を掴み顔を背けることをやんわりと否定する。


「普通はね、私を見失なった事を認識することすら出来ないのよ?私を見失なったという事象をおかしいと思うこともないの」


 華観月さんはじっと僕の目を見つめて話を続ける。


「今までそうだったしこれからもそうだと思っていたけど……驚きだわ、こんな偶然が起こるだなんて。偶然?もしかしてこれは必然だったのかしら?いくつもの時間軸と世界線を越えてきた果ての必然運命の出会いなのかしら?ふふっ、キミはどう思う?要くん」


「えと?あの……華観月先輩の言っている意味がよくわからないって言うか……」


「分からない?……そう、そうよね、分からないわよね。でもキミはその目で見て頭で認識したわよね?私と私、そして私達を」


「……?」


 私と私と私達?それはつまり……もしかして……


 そんなオカルト的な事が実際に起こりうるものなのだろうか?

 アニメや小説でもあるまいし、目の前の彼女が実は何人もいる・・・・・なんてことが。

 時間軸と世界線……そんな非現実的な。


 でもそれは紛れもなく起こった事象であり、何故か僕の中にストンと何の違和感もなく入り込んでいたのだった。

 そう僕の直観が告げている。


『七不思議』とはそういうものなのだと。

 分からない者には永遠に分かることはなく、分かる者はそれをおかしいと思わない。



 高校1年の夏の少し前、春の終わりの日に僕は華観月 詩音という『美しい不思議』に出逢った。


『七不思議』のひとり、華観月 詩音。


 これが僕と彼女の始まりだった。



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華観月さんは七不思議 揣 仁希(低浮上) @hakariniki

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