第112話 第五話 その33 ちゅん助の思い

「構わず…」

「わしごと…」

「……」

「斬れだお!」


「!」


「早く…」


「ばか!」

「何を言ってる!」

「そんな事出来るわけないだろー!」


「此奴は弱っとるお…だからわしを盾にして機を窺っとるか…体力の回復を待ってるんだお…」


 ちゅん助も同じ認識を持っていた。魔王に捕らえられてより近くで魔王の状態を伺い知ることが出来る彼の予想はより正しいものに思えた。


「此奴を倒すなら今しかないお…」


「しかし!」


「天令!泉輝!勇者の役目を果たせだお…」

「今なら倒せるかもしれん、もしこいつが回復を試みていて、それを許してしまったら」

「もはやわしらにはノーチャンスだお…」

「ぐあああ!」


 喋るな!


 そう言わんばかりに魔王がちゅん助を締め上げる!


「出来るわけない!出来るわけないだろ!そんな事!」


「今ならわし一人と引き換えに残された人達を助ける事が出来るかもしれんお!」

「だがこの機を逃せば全滅は免れん!迷う余地は無いお!」


「ある!」

「あるさ!」

「友達を引き換えにそんな選択をしろというのかッ!」

「それに…それにお前は俺を追っかけて来てくれたばっかりに…」

「お前はあの子と逃げてればこんな事には…いや俺が無茶な運転しなければこの世界には…」


「うぐぐ、そんな事か…気にする必要はないお…」


「するさ!」


「追っかけて来たのはわしの意思だお、人生ただ一人の友が残ると言って、それを置き去りに出来る程わしは要領よくないお…」


「だったら!俺にはそれをしろというのか!」


「状況が違うお…まあ確かにもう一回選べるとしたらあの子のケツを追っかけたかもしれん…」

「いいや!」

「やっぱりそれでもわしはおまえの後追っかけてったと思うお…そうでありたいお…」


「俺だってそうだろ!」


「勇者よ!」

「よく聞けだお…」

「わしは腐ってもニッポン男児やぞ!」

「昔、戦争で国のためにと無茶な事を言われて特攻に命を賭けた若者達の話は知っとるな?」


「当り前だろ!いまそんな話!関係ない!」


「いや、あるお!」

「そう命じられて散っていった若者達の気持ちはわしには分からん…」

「だが一方、その裏で虚弱な身体を持って生まれ落ちてしまった者は…」

「特攻に行くことはおろか軍への入隊すら許されなかった…」


「……」


「お国のために戦う事すら出来ない落伍者…」

「命を惜しんだがためにわざと虚弱に生まれた卑怯者」

「…それはそれは酷い言われようだったと聞くお…」


「……」


「わしは…特攻に散った若者の悲壮な覚悟は理解できん!」

「しかし、病弱に生まれ罵られた彼らの気持ちはよく分かるお!」

「わしもそうだったお。もっとも彼らほどの極限状態での話でないし、比べるのも失礼な話かもしれんが」

「前の職場で身体を壊したわしは週4日しか働けなった。もともと病弱で休みがちな上、4日だお」


「それは…それは仕方ない事だろ!」


「それは周りの…理解ある人の考え方だお、心無い奴らはそうじゃねえ」


「……」


「理解ある人、そうじゃない人、色々いるが絶対に言える事は」

「健康な奴は病弱な人間に同情や察する事は出来ても真に理解することは絶対にできないんだお!」


「今、そんな話!関係ないはずだ!」


「ある!」

「わしは悔しかった…みなが深夜までボロボロになるまで残業してる中、5時即帰宅」

「週4日だけの軽作業…」

「その分給料が安いから?」

「そういう問題じゃねえ!」

「戦うべき時に戦えない!皆が戦ってる時に自分は安全なところで…」

「それを繰り返す日々のうち自分でも自分は身体が弱いから仕方ない」

「皆とは違うんだ、そう言い聞かせていくうちにそういう状況に慣れきってしまう…」

「しまいには…自分だけ楽出来てある意味、良かったのかも~なーんて卑怯な考えも頭をめぐるようになるのさ…」


「だって、それは…お前…仕方ないだろう…そんなこと言っても…」


「いや、俺はそれが心底悔しかった!」

「男に生まれ落ちてこのザマ」

「丈夫な身体さえあれば!」

「こんな奴らに負けないのに!」

「心底呪った!」

「親も恨んだ!」

「いいや今でも恨んどるわ!」


「だから!いま関係ないだろ!頼む!諦めるな!」


「ある!」

「この世界に来て、こんな姿になりはしたが俺には戦えるだけの元気と能力があった!」

「つまり!俺は自分が望んだ健康さえあれば戦えるはずなのに!」

「そう思っていた状況に居るわけだ!」

「そして今日!それを証明する、証明できる日が、その日が来た!それだけの事だぞ!」


「だって、お前…それは俺が無闇に考えもなしに突っ込んで、それを追っかけて来てくれて…あのまま、あのままあの子と逃げていればこんな事には…」


「そうだな…確かにあの時点で俺にはあの子と逃げる選択肢があった」

「だがな!イズサン!」

「俺もおまえも若者じゃねえ!」

「人生に次は無いと痛いほど知ってるし!」







「選ばなかった選択肢は!最初からなかったのと同じ!」







「そういうことだぜ!お互い嫌と言うほど身に染みてるはずだ!」

「この結末には残念だが…再びやり直せても同じ選択をする!」

「なんて綺麗ごとを言うつもりはないがおまえを追っかけた時点でこういう結果も覚悟の上!」

「今さら気にすんじゃねえ!」

「満足はしてないが納得はしとる!」

「戦える身体さえあれば戦える男だって最期にそう思えたからな!」

「そして俺がそういう男だったって事!」

「おまえは!おまえだけは覚えていてくれ!」


「馬鹿!馬鹿を言うな!お前だって!お前こそ残された家族はどうなる!?」


「ふん、お前の家と違って優秀な姉が居るわw」

「病弱な俺一人いなくなったところで岩間家はびくともせんわw!」


「そんなこと言うな!言わないでくれよ!」


「何年か前、霊峰スピードウェイ行った時」

「ホテルでドラクレ9」

「携帯ゲーム機でおっさん二人、深夜までやった事覚えとるか?」


「ああ、覚えてるよ!」


「あの時、高校、大学とほんとの友達が居ればこんなに楽しかったのかなと思った!」


「ああ!俺もさ!」


「お前は他の仲間とも行動出来てただろう?」

「俺は常に一人だった」

「お前にもっと仲の良い友達や彼女が出来ていたなら」

「俺の様な変わり者の男は遊んでもらえなかったかもしれん」


「そんな事!そんな事ないさ!」


「いや!あるね!」

「俺は自分が変わり者だって事知っていたのさ!」

「誰とも話が合わない俺の元からは誰も彼もが去って行った…」

「だが、俺は自分が変わり者だって分かっているからこそ、去って行く奴らを引き留める事などできなかった…」

「そんな中でお前だけは呆れながらも一緒にいつも行動してくれた!」

「それはお前にとっては単なる結果だったかもしれない」

「お前は俺と違って周りに合わせる事が出来る男だったからな」

「だが俺はそうじゃない!」

「たとえ消去法で残った友が俺だけだったとしても!」

「それでも一緒に過ごした日々は楽しかった!」

「だからこそ、俺にとってお前との関係は尊かったのよ!」

「いろんなifを乗り越えての今日だったのよ!」


「だから!」

「今日だって乗り越えようぜ!そういう話だろ!」


「この世界に来て短い時間だったが、青春時代をやり直せてた気がした」

「元の世界に戻ったところで病弱な身体と負け組の人生…それに比べたらホントに楽しかったぜ!」

「だから俺の事は気にするな!お前を追っかけて来たのは!」

「お前のためじゃねえ!」

「この楽しい時間を終わらせたくなかった、そう、自分自身のためよ!]

「だからここで終わるのも後悔はしない!」


「まだだろ!まだ終わらんよ!いつもの通りそう言ってくれよ!」


「ふふ、そう言いたいところだがそうもいかんのよ」

「この忌々しい魔王の体力が回復してくるのが分かる」

「こうやって捕まれているとだんだんとリズムみたいなのが整ってきてやがるのがわかるのさ!」

「もう時間がない!輝(あきら)!今この時を逃したらもうチャンスはないぞ!さあ覚悟を決めて!」

「コイツを斬れ!俺ごと!今しかない!」

「ぐああああああああああああああ!!!!」


「うう…俺に…俺にそれをやれと言うのか…」


 ちゅん助の口調が変わっていた。いつものおとぼけの口調ではなく冗談の一つも飛び出さない…


 ここで魔王に斬りかかれば魔王は即座にちゅん助を噛み殺して防戦に入るのは間違いなかった。

 だからそれをするという事は…ともすると俺が…俺が二度もちゅん助を殺す…そういう結果になるのだ…


(駄目だ…そんな事は…それは…それだけは…出来ない…)


 意図せずに構えた俺の剣がさらに下がり始める。


「面白き~ことも無き、世を面白く~」


「だから詠むなってッ!」


「しづ~心なく花の…」


 ちゅん助が詠めたのはここまでだった。


 いつもの茶化す様なギャグではなかった。


 彼にとって、ここに来てのギャグは俺を落ち着かせるための最大限の配慮だったのかもしれない。だがツッコミを入れる余裕や、ちゅん助を諦めて斬りかかるという冷静な判断をする思考など俺にはなかった。


 魔王に捕らえられて、がっくりとうな垂れて力なく目を閉じるちゅん助同様、俺もまた肩と剣、そして膝を落とし、なす術がなかった。


 万策使い果たしてのこの状況、まさに絶望的。


 ちゅん助を人質に取られていてはもはや俺にはどうする事も出来ない。


 こんな時に限って部隊の奴等はどっかへ行ってしまっている。


 駄目だ…


 どこまでも役に立たない奴等だ!


 そもそも何故、俺達がここまで矢面に立たなければならなかった?この街の奴等は何をしている?


 わが友の命の火が今にも消えかけているというのに、俺は自分の選択の結果、今この状況になってしまっているその事実から目を逸らしたいがために、街の奴等に、部隊の奴らに腹を立てているのだろうか…


 情けない…


が、せめて援護射撃の一つでもしてくれる奴は居ないのか…


 このまま立ち尽くしていれば街ごと全滅

 斬りかかれば、即座に友の死


 結局俺は選べない、選びたくないだけなのかもしれなかった。


 冷静に考えれば選択肢は一つ、座して死を待つより一か八かでも攻勢に転じるべきなのだ。


 しかし、それはそれだけは、どうしても選ぶ事は出来ない!


(ああ…)


 ザク、ドサッ。


 もはや立っている気力も失くし、剣が地面に刺さり、膝が地に着いた。


 第五話

 終わり

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