第38話 第三話 その8 2サイクルエンジンは使うな!

「わしは前の世界の会社で消防用可搬ポンプの責任者をしとった…」


 その会社は先日退職しているはずだった。


 表面上は健康上の理由で、体調が戻らない事となっていたが、聞いている限りでは色々と折り合いが悪かったように記憶している。


 たしか化学工場だったはずだ。


「ふっるい古い、30年近く経ってる2サイクルエンジンのおっそろしく動作不安定なポンプだったお…」

「月次点検の度に、やれキャブレターだ、プラグだ、充電不良だって故障ばっかして、とても安心して使えん代物だったお」

「なにより信頼できんのは始動性やった…」

「環境面でただでさえ主流から外れた2サイクルのエンジンなのに」

「おまけに古いとなると確実に始動できるかどうかすら怪しい」

「特に冬なんか、気温が低いと上手いこと着火しないもんだから」

「どんだけ前日に充電しといても一発始動できん!」

「その度にプラグを分解して拭いては乾燥させて再始動だお」

「ホントにとんでもない機械だったお」

「2サイクルエンジンてのは燃料のガソリンの中に難燃性のオイルを入れてるから、ガソリンだけ揮発してどうしてもオイルが残る…」

「こうなると通常手順での再始動は不可能だお」


「可搬ポンプが、いざ出動するときは、すなわち火事が起こった時だお!」

「草刈り機やチェンソーじゃないお。緊急時に使用されるこの機械は、始動性こそが最も重要だお」

「だからわしは当時の上司達に何べんも訴えたんだお」

「2サイクルエンジンはあかん!」

「草刈り機なら文句はないけど緊急時に使用される機械は4サイクルエンジンじゃないとあかん!」

「と何度も何度も上司が変わるたびに訴えた!」

「しかし聞く耳を持つ者はおらんかった…」

「そんな時、工場で非常事態が起こった」

「火事ではなかったが油の流出騒ぎで騒然となったお」

「工場だから油水分離層という設備がある」

「しかし、その層を油が突破し外部に流出したら即漏洩事故で大騒ぎだお」

「猶予はわずか数分!」

「閑職にしか就けなかったわしは」

「たまたま、いち早く駆け付ける事が出来た」

「なんとか可搬ポンプの起動に成功し」

「すんでの所で外部漏洩だけは防いだお…」


「なかなかの大活躍だったんだな!」


「だお」

「上司達は手のひらを返して!」

「会長までもが直接わしの所に礼を言いに来たお」

「で、その時、わしは会長に進言したんだお」

「2サイクルエンジンは信頼性に於いて重大な欠点があります」

「ボート釣りやる人達で戒めの様に語られる話があります」


「死んだ時、笑われても文句が言えない恥ずかしい三大死に様」

「雪山に登って遭難死」

「台風時増水した河川、用水路を見に行って流され死」

「そして!」

「2サイクルエンジン船外機で沖へ出て遭難死」

「だと!」


「会長はなんて?」


「岩間君、よく言ってくれた!」

「現場の人間じゃないと気付かない事だよ!」

「私の責任に於いて4サイクルエンジンの機器に更新しようじゃないか!と」


「へえ、理解ある立派な会長さんじゃないか」


 ちゅん助はふう~と溜息を吐きながら言った。


「泉君は純粋だねえ…」


「は?なんだよそれ…ポンプは交換してもらったんじゃないのか?」


「会長指示で業者に見積もり依頼、あとは発注」

「そこまでは順調に進んだお」


「そこまでいって購入してないってのか?」


「ないお」


「何故!?」


「簡単だお、非常用設備は会社にとって利益を生まないからだお、コストだからだお!」


「馬鹿な!」

「それとこれとは話が違うだろ!」


「見積もりだけとって検討した、結果、費用に見合わない、それで終わり」

「上司に握りつぶされたお」


「アホな!そもそも会長案件だったろ!それが何故!?」


「簡単な事やぞ」

「握りつぶした上司も」

「耳を貸さなかった上司も」

「皆が皆」

「会長子飼いのイヌ、そういう事だお?」


「そんな…」


「わしは言ったお」

「今回は漏洩だったからいいものの火事だったらどうするんですか!と…」

「そのクソ上司はなんて言ったと思うお?」


「いや…」


「お前、実際に火事が発生したとして」

「可搬ポンプで消火に行くのか?キリッ!だっておw」


「……」


 呆れるというか…正直言葉が無かった。


「火災予防週間」

「安全週間」

「指差し呼称」

「安全宣言」

「KY運動」

「月2回の初期消火訓練」

「安全第一!4Sだ5Sだ!」

「口を酸っぱくしてえらそうに言ってやがる上司達の…」


「いや会社の正体がこれなんだお…」


 はあ~と再びちゅん助が溜息を吐く。


「だがなイズサン!」

「非常用設備も更新出来るチャンスはあった」

「確かにあったんだお」

「非常用設備の価値が例え短い間でも上がり認められる時!」

「それは非常事態が起こった時!」

「その時に他ならないお!」


 ちゅん助の実体験から確かにそうだったのだろう。


「まあ今回もいい例だよな、確かにそうだった、思い知ったよ」

「でもあんなに在庫抱えてもし火事が起こらなかったらヤバかっただろ、偶然の結果だろ」


「……」


 ちゅん助はしばらく考えた後、言った。


「だからわしは…」

「其処を突いた!!!」


「!?」


 第三話 

 その8 2サイクルエンジンは使うな! 

 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る