第39話 第三話 その9 3人の放火犯

 一瞬意味が分からなかったが俺はハッとして問いただす。


「突いたってあれは偶然…」


 ちゅん助が俺にまっすぐ向き直る。


「イズサンは純粋だなお…」

「仕手戦の世界で騰がるか下がるか?」

「それは偶然に起こることなどあり得ない!」

「すべて最初から決まってるんだお!」


「仕手戦て先物取引じゃあるまいし…」

「!」

「…お前!まさか!」


 ドキリ!


 思わず心臓の鼓動が跳ね上がり、鼓動が激しくなった!


(こっ!こいつ!でも!あの夜)

(あの夜は確かに一緒に寝ていたはず…)

(しかし、しかし!しかし!)

「ちゅん助!お前!」


 意図せず俺の手が剣の柄にかかった。


「物騒だなおイズサン、何か斬るつもりかお?」


「答えてくれ!ちゅん助!あの火事!まさかお前が!」


「火を付けた、そう聞きたいのかお?」


「ずっと、ずっと何か引っ掛かっていた」

「あの火事!」

「お前にとって偶然どころか幸運すぎた!」

「そしてその後の手際!」

「どう考えても上手くいきすぎだ!不自然だろ!」

「お前が火を付けたのか!」


「火を付けた、そういう意味では違うお」


「そういう意味だと!?他にどんな意味が!?」

「まさか!」

「放火犯を雇ったとか!」

「まさかそんな事してないだろうな!」


 柄を握る手に力が入る!場合によってはこいつを街の然るべきところに差し出さなければならない!


 ああ…嘘だと、やっていないと言ってくれ、頼む!ちゅん助、嘘をつくなら、もし嘘つくならつき通してくれ!でないとでないと俺は…


「火を付けた奴なら知っとるし、お察しの通りわしが金でやらせた」


「なんだって!!!」


「だが犯罪ではないお」


「放火して犯罪じゃないわけないだろ!世界が違うからってお前、狂ったか!」


「持ち主が燃やしてくれと頼んでも犯罪になるのかお?まあ元の世界じゃそれでも犯罪だったかお?」


「持ち主がだと!」

「あの家の住人はルノアとかいうお前の商売にケチ付けてた老婆だろ!」

「腹いせか何かか!仕返しかなんかだとしても度が過ぎるぞ!」


「火を付けたのは…」

「その婆さんだお」


「お前!…何言って…」

「あの婆さんが自分の家に火を放つわけないだろう!」

「いい加減に…」


「自分の家、まずその認識からして違う」


「お前…さっきから何言って…」


 俺はちゅん助がさっきから何を言っているのか分からず混乱した。


 狂っているのか?ちゅん助は…いやひょっとしたら、この生き物はちゅん助では…岩間健ではないのか。


 得体の知れないこの生き物を前に俺は言葉を失うばかりだった。


 俺の呆然を見て不気味な黄色い生き物が言った。


「まあ聞けイズサン」

「あのばーちゃん、ルノワばーちゃんはな」

「この街では一人暮らしだが遠くの街に息子夫婦と孫がいるんよ」

「あのばーちゃんももういい歳で自分の老後がどうなるか?どうするか?そういうお年頃なんだお」

「そんな時に息子夫婦が一緒に暮らさないか?」

「母さん一人なら面倒見る余裕が出来た」

「そう言ってきたらしいお」


「なんでそんなこと知ってる…」


「わしの最初の就職先は農連金融やぞ?」

「ジジババに嫌というほど必要のない保険売り歩かされて、御老体どもの扱いにはそこらの奴よりはるかに慣れとるわ」

「と言いたいところだが」

「あのばーちゃんは結局のところ話相手が欲しくて、わしの所にしょっちゅう出入りしとったお」

「それこそ優しいマノワばーちゃんよりはるかに多くな」

「わしの邪魔ばっかりしとったのは」

「寂しくて構って欲しかったから」

「わしはすぐ見抜いたお」

「で、いろいろ話聞いてやってるうちに息子夫婦の話が出た」

「最初はこの街で骨をうずめるだの」

「じーさんとの想い出の家から離れたくない」

「なーんて言ってたが実際の所は金!」

「そう、金だお!」


「金?」


「そうだお」

「息子夫婦の申し出はとてもありがたい話だって思ってる事は、言葉の端々から感じられたお」

「家を処分するにしてもあのぼろ家だお」

「売るにも売れない」

「身一つで息子夫婦の所へ行って」

「邪魔者扱いはされないだろうか?」

「そう踏ん切りが付かなかったんだお」

「だから!」

「わしが背中を押してやったんだお!」


「押すだと?」


「この家を売ってくれ」

「そして更地にして新しい家を建てたいから焼却処分したい」

「そこまでやったら倍出す、期限は3日しかないと」


「そんな事って!」


「そんな事?」

「だが!」

「奴は即食いついて来たお!」

「そしてあのばーちゃんは頭が良い…」

「わしの目論見を即座に見抜いて3倍なら飲む!」

「今、すぐにでも火を付けそうな勢いだったが、そう吊り上げて来たおw」

「で、わしは言った」

「即金で3倍払う」

「火事が起こってる最中」

「大騒ぎしてくれたのなら、さらに1倍付け」

「楽円ショッピングサイトもびっくりな倍率だおw」


 俺は野次馬に混ざって火事の様子を見に行った時の事を思い出していた。


 髪を振り乱し発狂せんばかりに泣き喚いていたあの姿


まさか!


あれが演技だったというのか。


「そしてあのばーちゃんはその話をした日の夜」

「即座に実行に移した」

「じいさんとの想い出の家が!笑えるなおw」

「後の展開はご覧いただいた通りだお」

「わしも予想以上に売れすぎて制御できんと感じとった」

「あまりに上手く行き過ぎたので、この顛末を疑う奴が現れたり」

「何より危惧したのは!」

「あの欲深いばーちゃんが脅しの材料として使ってくるかもしれん」

「だから教会へ御守り事業の移譲を急いだのはそういうわけがあったんだお」

「まあ、ルノワばーちゃんも満面の笑みで息子夫婦の街へ旅立って行ってその点は杞憂だったお」

「もっとも…わしを脅しに来たらあのばーさん…」

「その代償は命で払ってもらう事になったかお」

「始末せにゃならん…そうならなくてお互い幸運だったお」

「投資は引き際が肝心だからなおw」


「始末だと……お前…お前!」


 ここまで、ここまで恐ろしいまでの企みが裏で動いていたとは…俺は、今度は感動でなく半ば恐怖で身が震えた。


 だが、まだひっかかる部分があった。


「そうだ!ルノワさんはそれでいいとして!」

「そう!マノワさん!」

「あの日の夜マノワさんの家でも火事があったはずだ!」


「………」

「それはわしも予想外やった」

「その火事に関しては少なくともわしは一切、関与していないお」


「それこそ偶然だったというのか…そんな事が…」


「いや…」


「やっぱり何か知ってるのか!」

「やっぱり何かやったんだろ!」


「いや…」


「だったら何だ!」


「いや、マノワばーちゃんは優しいからな~」

「………とっても」


「まさか!」


 ルノワに続いてマノワも自分で火を付けた、ちゅん助は恐らくそう感じているのだ。


「教会には、この御守りが完成を迎えられたのは他ならぬ教会の熱心な信者であるマノワさんが水の精霊の御守りを信じてくれたからこそ」

「マノワさんをよろしく頼む、と伝えてあるお。おそらく今頃はわしと同じく特別信者の証を授かっとるはずだお」

「結局、この世界も金、金だって事だお…」

「で、イズサン。今回のこの話、誰か被害者おるかお?加害者おるかお?不幸になった奴おるかお?」


「…それは………だが街に混乱を起こした!」


「それは申し訳なく思うが、今回の件で、街にはちゃんとした消防団が再整備されるお」

「そしてあの御守りが世界各地で売れれば、その収入はこの街の教会、すなわちこの街が潤う、そういう事だお」


「確かに…」


 ちゅん助の言い分は文句のつけようがなかった…


だが!


だからと言ってこんなやり方許されるのだろうか?


 いや、やはり何かが間違っている。


「だが、ちゅん助!こんなやり方!」


「こんなやり方がなんだお?」

「認められない!許さないって言うかお?」


「認めるわけには…」


「ならば今!」

「ここで別れるかお!?」


「え?」


 唐突なちゅん助の言葉に俺は耳を疑った。


「本気で言ってるのか?」


「本気だお」


「お前…」


「わしもおまえも元の世界で真面目にやってきた…」

「そうやって46年、なにか掴めたかお?」

「まじめにやれと育てられ教育され、たどり着いた結果があの負け組人生」

「気が付けばいい思いしてるのはクソみたいな性格でわがままに人を踏みつぶしてく奴!」

「口では綺麗ごと言って裏では汚い事ばっかしてる政治家みたいな奴!」


「だからって!」


「おまえにしても会社一筋でずっと働いてきたのに55歳まで働いたテイにして退職金やるからいったん解雇で子会社出向」

「真面目にやってたどり着いた結果がそれだお!」


 俺を睨み付けるちゅん助の目を見てハッとする。本気の目だった。彼もまた真面目に生きて虐げられてきた人間なのだ。忘れていた。その目には激しい怒りと深い悲しみが浮かんでいる様だった。


「この世界がどうだとか、この姿がどうだとか!わしはもはやそれはどうでもいい」

「やり直しのチャンスを貰ったんだお!」

「だから!」

「わしはこの世界で思ったようにやる!」

「もう二度と間違えんぞ!」

「誰の指図も受けん!」


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 はっきりと、一切の迷いのない声でちゅん助がそう言い切った。彼はもう覚悟を決めている様だった。


 だからあれほどまでの手法に、迷いすらなく…


 それに比べて俺は未だこの世界や自らの存在やその意味に戸惑うだけだったのだ。

 別れる…別れたとして一人でやっていけるのだろうか?


「ここで別れるかお?」


 再びちゅん助が聞いた。静かにこちらをじっと見つめて返事を待っている。


「わ…」

「別れないさ…」

「今、お前から目を離したら…また何するか、分からないからな!」


「ふん!」


 ちゅん助はそれ以上、俺を追い詰めるような事はせず、黙っていつものように俺の頭の上に陣取った。


 俺の返答…それは…ずるい答えだったかもしれない…

 本音をぶつけて来たちゅん助に、本音で返すことが出来なかった。


 いや、ずるい答えだったと思う…


 だがこれが精一杯だった。






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
























 パラジウム事件、あれは無知で欲の皮が突っ張った個人投資家が、ハゲタカや機関投資家と言ったプロたちに市場の歪みとルールの欠点を突かれ、最終的には命まで売り落とすと言う凄惨なる結末を迎えた悲惨な出来事であった。


 だが全ての個人投資家が売りに回って殺されたわけではない、チャートを読んだ、まだ騰がると思った、パラジウムの真の価値を見抜いていた、単なる幸運だった。


 理由はいくつもあれど図らずもプロたちと一緒になって買いに回っていた者もたくさん居たのだ。

































































 私もその一人だ。














・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「司祭様、よもやアクリムリウムにあの様な使い方があったとは!驚きですね!」


「ええ、たまには街に出て市民の話に耳を傾けないと…」

「あの小さな黄色い不思議な子には感謝しないとね」




第三話

終わり


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