第38話

リアルティが欲しくてこんなことをしてしまうのだ、と京子さんは言った。


「こんなふうに好きな小説ができていると思うと興奮します」


 俺は素直にそう告げると、京子さんは嬉しそうに笑った。


「そう言ってもらえると嬉しいです」



「恋愛ものって私、あんまり得意じゃなかったんです。でも、千花や真琴さんのことを見ていて、思ったんです。恋愛もものって、キャラクターが別のキャラクターを理解する過程を描けばいいんだな」


 京子さんは、力強くうなずく。


「今回は、それをかきたいんです」


 京子さんの言葉は真剣だった。


 俺は彼女の新刊がいまから楽しみになってしまった。


「ところで、やっていて格好いいスポーツってなんだと思いますか?」


 京子さんの質問に、俺は戸惑った。


「私、スポーツってやったことがなくて。どんなスポーツがカッコいいでしょうか」


「えっと、サッカーとかバスケとかじゃないのか」


「じゃあ、そのスポーツをやっている人は何を買ったりするんでしょうか」


俺と京子さんは、ああでもない、こうでもない、と話し合った。


 結局、男の子はバスケをやっていることになった。


 ただ、俺と京子さんがバスケに詳しくないので書店に戻ってバスケのルールブックを買い求めることになったが。


「二人が仲良くなったら、どこにいくでしょうか」


「マユとは映画館とかいったな」


 練習のデートの時の話だ。


「あのときマユは得意でもないのに怖い映画を見たんだ」


「それはきっと怖いから抱き着けると思ったんじゃないんですか?」


 京子さんは、うーんと頷く。


「策士ですね」


「抱きつく暇もなく怖がっていたような気がするけどな」


「あらあら」


 京子さんは、困ったような顔をした。きっと抱き着いたほうが、彼女の小説のモデルになりやすいと思ったのだろう。


「マユさんは面白い子ですね」


 京子さんは笑った。上品な笑顔に、俺も笑顔になった。


 そんな話をしていると俺の携帯に電話がかかってきた。千花だった。


 千花は慌てた様子で、口を開いた。


「真琴、お願いだ。一緒に駆け落ちしてくれ」



 駆け落ちしてほしい、そんな千花の願いに俺は茫然としていた。


「駆け落ちって、本気なのか?」


「お父さんが、私の許嫁を別の人にするって言ってた。私たち許嫁じゃなくなる」


 千花の必死な声。


 その声に、俺は思わず一緒に逃げようと言いそうになった。だが、それではダメなのだと瞬時に理解もしていた。


「駆け落ちはダメだ。千花」


 千花には夢がある。その夢は、駆け落ちしてしまっては実現しない夢だ。


「でも、真琴と一緒にいられなくなる。一緒にいられなくなるならば、私の夢は叶わなくてもいい」


 そういって叫ぶ、千花。


 俺は、落ち着くように千花に語り掛ける。


「千花、お父さんを説得しに行こう。俺たちの指輪を見せに行こう。駆け落ちは、それでもだめだった時の最後の手段にしよう」


 千花は、俺の言葉にようやく落ち着いた。


「そうだね。まずはお父さんを説得しないとだね。……真琴」


 千花は俺の名前を呼んだ。


「愛しているわ」


「俺も愛している」


 こうして、俺は電話を切った。


 俺は京子さんに向き合った。


「許嫁って難しいですね」


 お互い愛し合っているだけではだめで、第三者を納得させる必要があって、そこが難しくって、面倒くさくなる。それでも――……それでも俺たちは、互いを理解するために恋愛をし続けていくのだろう。許嫁という枠組みがなくなったとしても。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

許嫁ラブコメ 落花生 @rakkasei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ