第37話

京子さんとのデート当日。


 京子さんはとびきり可愛らしい服装でやってきた。


「今度書くのは、ありふれた学生の恋なんです。……それで、真琴さんに千花さんとのデートを再現してもらえたらと思って……」


 京子さんの言葉に、俺は戸惑った。


 実は、千花とはそれほどデートしていないのだ。


 イオンに二人で言った記憶ぐらいしかない。京子さんにそれをいうと、彼女は驚いたような顔をした。


「私だったら、たくさんデートしたいです」


 京子さんは、そう言った。


 千花もそう思っているかもしれない。そう思っていてくれたら、うれしい。


「じゃあ、私の理想のデートというか小説の取材をしてもいいですか?」


 京子さんの言葉に、俺は頷いた。


「ああ。作品の手伝いをできるのならば、とてもうれしい」


 俺の言葉に、京子さんは嬉しそうにしていた。


「次の作品は、許嫁同士のラブストーリーにしたいの。ありきたりな……だけど日常の小さな幸せをかきたいの」


 京子さんは、小説の登場人物の設定を語ってくれる。


「女の子の方は、国語が得意だけど内気な女の子。男の子はスポーツが得意な子。二人とも許嫁になるまでは顔もしらなかったけど、ちょっとずつデートで距離を埋めていくの」


 まるで、俺と千花のようだと思った。


 俺と千花も互いが許嫁になるまで、顔も名前も知らなかった。けれども、デートをしてちょっとずつ互いのことを知れたと思う。


「女の子は本屋さんが好きなんだけど、デート描写に本屋さんを使いたいから付き合ってもらえる」


 俺は頷いた。


 実は、本屋は千花とも言ったことがある。一般的なデートスポットではないだろうが、京子さんも千花のように本が好きなのだろう。


 本屋に行くと、京子さんは深く考えだした。

「よく考えたら、本屋って全然デートスポットぽくないですね」


 国語が好きだから、本屋も好きというのは安直過ぎたかなと京子さんは悩んでいた。


「そんなことないよ」


 俺はそう言った。


「好きな人のことを知ることができるのならば、どこだってかまわないよ。どこだって、デートスポットになるよ」


 俺が熱心に口説くと、京子さんは「そういうものなんですね」と納得してくれた。


「このデートスポットに女の子と男の子が一緒にやってくる。それで、デートをする。女の子は、推理小説が好きで……」


 京子さんは、そんなふうに設定を考えていく。


「そんな大好きな推理小説を男の子と一緒に買いに来る。そこで男の子は、女の子の趣味を知るのね。自分とは正反対の彼女の趣味を」


 京子さんは、目をつぶる。


「どんなふうに思うかしら。相手は自分にぴったりの理想の相手ではないかもしれないことを」


 俺も目をつぶる。


「どう思うかな?」


 京子さんは、考える。


「相手にがっかりするかしら」


 俺は答えた。


「いいや違う。もっと知りたいと思うんだ。俺が千花のことをもっと知りたいと思ったように」


 なるほど、京子さんは頷く。


「じゃあ、別のところにもいくのかしら。男の子は部活をやっているスポーツ少年だから、スポーツショップですかね」


 京子さんは、本のコーナーを出ようとする。


 だが、足を止めた。


「男の子も好きな本を選ぶ?」


 京子さんは、本屋に再び視線を向けた。


「スポーツ少年が好きな本って何だんでしょう?部活でやっている競技の雑誌とか。でも、それを選んだことで女の子も男の子との違いに気が付く。そこでようやく次のデートよ」


 ああ固まってきた、と京子さんは呟く。


 こんなふうに小説を作るのかと俺は思った。


 俺の視線に気が付いたのか、京子さんは恥ずかしそうに笑う。


「登場人物の行動にリアリティが欲しくて、こんなことをしちゃうんです」


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