第32話

「だーかーらー!!」


 翌日、学校に行くとマユの怒声が響いていた。珍しいこともあるものだ、と思っているとマユは何故か俺を腕をつかんできた。俺が目を点にしていると「この人が私の好きな人なの!」とマユは説明した。俺の目の前には、見たことがない大人がいた。大人と言っても、俺たちと二三歳しかはなれていない大学生だ。私服はがおしゃれだが、なんとなく大人しそうな人だという印象を受ける人だった。

 

 俺は、マユに突然「好きな人」と言われてしまって頬が赤くなる。千花は、不愉快そうに鼻を鳴らしていた。


「マユ、どうしたんだ?」


「元許嫁が尋ねてきたのよ」


 マユは、俺にひっそりと話してくれた。


 なるほど、目の前の大学生がマユの元許嫁か。


「マユちゃん、僕は本気でマユちゃんのことが好きなんだ」


「私は、真琴が好きなの」


 俺の腕は、さらにマユに抱きしめられる。そのたびに、マユの暖かな胸に俺の腕が当たってしまう。そのたびに千花が地獄の鬼のような形相で、俺を見ている。


「真琴、協力して!」


 マユは、俺をにらみつける。


 俺は、素直にうなずけなかった。だって、俺の視線の先は千花がいた。


「真琴、私が元許嫁とデートすることになってもいいの?」


 別にマユは元許嫁を嫌っていなかったはずある。だが、デートはいやらしい。


「だって、私は真琴が好きなんだもん」


 マユは、唇を尖らせていた。


「他の人とのデートなんて嫌なの」


 マユの元許嫁は、それでも食い下がらなかった。


「僕はマユちゃんのことが、今でも好きなんだ」


 大学生らしい元許嫁は、そう言った。


「好きって。私は、真琴のことが好きなの?」


「でも、真琴は私の許嫁!」


 いきなり出てきた千花は、俺の腕をひく。千花の控えめな胸に、俺の腕が当たる。マユの胸が当たった時よりも、俺はずっとドキドキしていた。


「千花……その胸が」


 俺が照れながらそう話すと、千花ははっとして手を放してくれた。逆に、マユは押し付けてくる。


「マユ!」


 俺が、マユを注意するとマユはようやく手を放してくれた。


 マユの元許嫁は、俺のことを睨んでいる。気持ちはわかる。俺だって、千花を誰かに取られたら思いっきりにらみつけてしまうだろう。


「君が、マユちゃんの好きな子か」


 俺は、間抜けだが一応自己紹介する。


「真琴です」


「僕は、和葉だ」


 和葉さんは、俺をたっぷり二十秒以上はにらみつけていた。


 そして、俺を指さす。


「マユちゃんをかけて勝負しろ」

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