第31話
俺はバイトで稼いだ金を握って、指輪を買いに行った。
銀細工を指輪を買おうと決めていたから、店は厳選した。その厳選した店は、女性店員がいる静かな店だった。俺は緊張して、その店に入った。
店のなかで、俺はどれがいいんだろうかと色々と悩んだ。なにせ、女の子に贈り物をするなんて初めてのことだ。すると店員さんが近づいてきて、色々と話をしてくれた。
「贈り物ですか?」
「はい、許嫁に」
「素敵ですね。なにかの記念日とか?」
店員さんと色々と話をして、分かったことがある。普通の人は、なにか記念日とかにプレゼントを渡すそうなのだ。俺は記念日とか、そういうものを無視してただ指輪をプレゼントしたいだけだった。
「婚約指輪ですね」
と店員さんは言った。
将来的に結婚することになるのだから、そうである。
でも、俺は赤くなった。
赤くなりながらも店員さんも一緒に、指輪を選んでくれた。店員さんがお勧めしてくれたのは、華奢なデザインの指輪だった。千花は小さいから、華奢なデザインが似合うのではないかと店員さんがアドバイスをくれたのだ。それを綺麗に包んでもらって、俺はにっこりと笑った。これで、千花にプレゼントができる。
指輪を買った足で、俺は千花の住んでいる家へと向かった。
インターホンを押せば、出てくる千花。
俺は、その千花の指輪を差し出した。
「千花、将来結婚してください!」
俺は千花に頭を下げる。
千花は、わけが分からないという顔をしていた。けれども、千花は指輪を見つけてすぐに泣きそうになっていた。
悲しくてではなくて、うれしくて。
「うそ……」
千花の前に指輪を差し出した俺は、言葉をなくしてしまった千花に言う。
「千花、好きだ。将来も今もずっと一緒にいてほしい」
俺の言葉に、千花は頷いた。
そして、千花は俺に抱き着いた。
「千花、返事は……」
「もちろん。もちろんOKだよ」
俺は、千花の指に華奢な指輪をはめる。銀色の指輪は、千花の手のなかできらめいていた。それを見ていた俺は、ひどく満足な気分になる。まるで、俺のものだという印が千花に刻まれたかのような光景だった。
「最近、真琴がそっけなかったのって」
「これを買うためにバイトをしていたんだよ」
そういうと、千花はやっぱりといって笑う。
「うれしいけど、不安だった」
「どうして不安になるんだ」
「真琴が、私に飽きたと思った」
千花はそう言った。不満げな声が、なんだか可愛らしい。
「どうして、あきただなんて思ったんんだよ」
「真琴の周りには、色々な人がいる。可愛いマユも憧れの京子もいる。だから、私のことをあきたのかもしれないと思った」
でも、と千花は言う。
「今は違う。真琴が私が一番って、態度で示してくれた。実践してくれた」
千花は、微笑む。
「うれしい。マラソンの時みたいに、真琴はやるときにはやる奴だった」
千花は、目をつぶる。
どうして目をつぶったかと、聞くほうが野暮なことだ。
俺は彼女の唇に、そっと自分の唇を重ねる。柔らかい感触、甘い香り。その感触と香りに俺は酔った。永遠にこの温もりを甘受したいという欲望に襲われるが、俺たちは数秒で離れた。
今はこの距離。
今はまだ許嫁だから。
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