第27話

 京子さんとのデートを終えた俺を待っていたのは、マユだった。彼女は腰に手を当てて、すべてを見透かしたような目をしていた。


「京子さんのことふったんでしょう」


 マユの言葉に、俺は頷く。


「あんたは昔からそうだったわよね。言い出したら聞かないの」


 マユはくすりと笑う。


 何か懐かしいことを思い出しているかのようであった。


「覚えてる?幼稚園のときの運動会で私が転んだ時のこと」

 

 マユの言葉に、俺は首を振る。


 幼稚園のことなんて、ほとんど覚えてない。


「私は覚えてる。真琴はトップを走ってたのに、転んだ私に駆け寄ってきてビリになったの。そのときに好きになったわけじゃないけど、優しい奴なんて思った」


 マユは、俺のことをじっと見つめる。


「私、真琴のことをずっと見て来たの。真琴自信よりも」


 マユは俺のことを見つめる。


 子供っぽいマユの大きな瞳。その瞳に見つめられて、俺はぐらりときた。幼い時からずっと一緒にいた子は、こんな思いを抱いていたのかと。


「でも、マユには許嫁がいたよな」


「親が決めたね。その子とも相性が悪くなかったから、結婚してもいいかもと思ったけど……この年齢になったらやっぱり好きな人と一緒になりたいと思っちゃった」


 マユはいたずらっ子のように舌を出した。


「なにより、真琴に許嫁ができなかったしね」


 そのことに、俺はうっと思った。


 許嫁ができなかったのは、そのとおりだ。


「真琴は部活とか、そういうことをしてなかったもんね。相手にアピールできることがなかったもんね」


 部活は学校進学意外にも、許嫁を作る際のアピールにも使われる。その部活をやっていなかった俺は、他人にアピールできるものがなにもなかった。だからこそ、許嫁ができなかった。のんびりとしていた俺は、許嫁ができなかったことを微塵も焦っていなかったけど。


「でも、私は部活とかそういうことろで測れないところで真琴がいいなぁと思ってたんだよ。だから、許嫁ができたって聞いたときにびっくりした」


「俺もびっくりしたよ。いきなりだったし」


 千花の両親は、俺のどこを気に入ったのだろうか。


 うだつの上がらない俺のどこに将来性を見出し、娘の結婚相手にと思ったのだろうか。


「でもね、ちょっと安心もしたんだ。私以外にも真琴の良いところを見つけられる人が出てきたんだってね」


 マユは、笑った。


「私ね、千花と仲良くしたいんだよ。京子さんとも。だって、真琴の良いところを見つけた同士だもん」


 そのうえで……とマユは言う。


「そのうえで、私を選んでくれたらうれしいの」


 マユは、そう語った。


「マユ、俺は千花のことが」


「好きなのよね。一体どこがいいのよ」


 マユの言葉に、俺はたじろいだ。


「好きなところって……千花は可愛いし、成績優秀ですごいし、将来の夢も決まってるし、嫌いになる要素なんてないだろう」


 俺は、素直にそう言った。


 言いながら、自分にはないところばかりだと思った。俺は成績優秀じゃないし、将来の夢なんてない。


「真琴は、千花のことが好きなんじゃなくて自分が嫌いなんだよ」


 マユは、そう言った。


「だから、自分のことを補ってくれそうな千花のことを好きになったんだよ」


 マユは、そう言った。


「違うって。俺は、もっとちゃんと千花が好きなんだよ」


 俺は、そう言った。


 事実そうだと思っていた。


 もっと純粋な気持ちで、千花に一目ぼれをしたと思っていた。


「そんな不純な気持ちじゃなくて、もっと純粋な気持ちで恋してよ。私にさ」


 マユは、そう言った。


 俺は首を振る。


「俺は、純粋に千花が好きなんだ」


 千花の笑った顔が好きだ。


 千花の悩んでいる顔が好きだ。


 千花の全てが、好きだ。


 好きなはずなのだ。


 純粋な気持ちで。


「俺は自分がきらいなわけじゃない。ましてや、それを補うような気持ちで千花が好きなわけでもない」


 おれは、マユにそう言った。


「そうだよね。ごめんね」


 マユは、俺の頭をなでた。


 その動きは、年下に対して行うものであった。そんなことを年下に見えるマユにやられて、俺は慌てふためいた。


「ちょっと……」


 慌てる俺に、マユは笑う。


「ちょっと意地悪したくなっただけなんだ。真琴が気持ちいぐらいに千花に惚れているから」


 マユはそう言った。

 

 俺は、何も言えなかった。


 さっきのマユの言葉が、子供っぽい嫉妬心から来ていることがわかったからだ。


「マユ。君は大切な幼馴染だ」


「それは知ってるわ」


 知っているの、とマユは言う。


「だから、デートをしましょう」


 マユは、俺に手を伸ばす。


 つないで、と言いたげな手だった。


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