第26話

季節外れの海には、誰もいなかった。


 人気のない海で、俺たちは二人っきりで歩く。


 夏とは違って波は冷たいので、波が寄せれば二人で逃げた。それは自然との追いかけっこをしているようで、奇妙に楽しかった。


「楽しいですね、真琴さん」


 京子さんは、そう語った。


 京子さんのいうとおり、波との追いかけっこは楽しかった。ルールなどはなき、気ままな遊びである。


 そんな気ままな遊びを続けて疲れたら、近所のお店で休憩した。休憩場所で選んだのは、おしゃれなワッフル屋だった。


「おいしい」


 チョコワッフルを京子さんは頬ばる。とても美味しそうだった。


 京子さんといる時間は、それなりに楽しかった。楽しかったが、マユと一緒にいるときのような安心感や千花と一緒にいるときに感じるような愛おしさはなかった。


 所詮は俺は京子さんのファンでしかないんだな、と思った。


「真琴君」


 京子さんに呼び止められて、俺はぽかんとした。


「ワッフルがついてますよ」


 気が付けば、彼女の顔が近くにあったかだ。


 そのまま京子さんは、俺にキスをしていた。柔らかな唇の感触。その感触に脳が痺れる感覚がする。その感覚のままに、俺は京子さんを引き離した。


「ごめん……京子さん」


 京子さんは、泣きそうな顔をしていた。


 それでも俺は、京子さんに言わなければならない。


「ごめんなさい、京子さん。やっぱり、俺は京子さんのことは好きな作家だとしか思えないんだ」


 本当にごめんなさい、と俺は頭を下げた。


 京子さんは、泣きそうになっていた。けれども鼻をすすって泣くのをこらえる。


「幼馴染と許嫁じゃあ、最初から勝目がなかったのよね」


 京子さんは、そう言った。


「違いますよ。京子さんは魅力的出す。ただ、マユと千花だったから……」


 俺はやっぱり、千花が好きだ。


 この世で一番好きだ。


 だから、京子さんのことは好きになれない。


「でも……都合がいい話なんですけどファンでいてもいいですか?」


 俺の言葉に、京子さんは頷いた。


「それは、私の方が頼みたいぐらいよ」


 その言葉に、俺はどこかほっとしていた。

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