第21話
俺たちは、近くの喫茶店に入った。イオンのなかに入っていたのは、朝食が豪華なことで有名なコーヒーチェーン店だった。とっくにモーニングの時間は終わっていたので、俺たちはそれぞれにコーヒーや紅茶と言った飲み物を注文する。そんな俺たちの目の前にいたのは、高身長の女である。
泣き止まない女を喫茶店に連れてきて、話を聞いているのだ。
「ごめんなさい」
長身の女は、そう言った。
「思わず感極まってしまって。私、こういうものです」
女は名刺を差し出した。
そこには作家『神楽坂京子』と書かれていた。その時に、俺は眼を見開く。その神楽坂京子さんは俺が買った本の作者なのである。
「作家って、東京にすんでるんじゃないのか!」
こんな田舎に作家が住んでいるなんて思わなかった。
京子さんは大きな背丈を縮こませて、びくびくしていた。
「編集者とかの連絡は、パソコンとかでできるから……東京にすむ必要はないの。東京は怖いし、物価高いし」
イライラしている千花におびえるかのような、京子さん。
作者の年齢を信じるのならば、俺たちよりも一つ上のはずである。なのに、気迫の差で千花は京子さんを圧倒していた。
「それで、どうして真琴に抱き着いたの?」
千花は、京子さんに尋ねた。
「それは……この本は発売できたのはいいんですが自信がなくて。でも、目の前で好きって言ってくれる人がいて……それがすごくうれしかったんです」
京子さんは、照れながらもそう語った。
変質者のような恰好をしていた京子さんであるが、サングラスをとれば目鼻立ちの整った女性だった。落ち着いた雰囲気なので、同世代の女の子という感じがしない。お姉さんのような雰囲気だ。作家として、大人の社会でもまれているせいかもしれない。
「そうだったんですね」
京子さんの事情は分かったが、千花は不服そうだった。
「あの……失礼ですが、お名前は?」
「俺は、真琴っていいます」
自己紹介すると、恥ずかしそうに真琴は眼を伏せた。
「真琴さん、よかったら私の許嫁になってもらえますか」
京子さんの告白に、真琴は眼を点にする。
「えっと、許嫁って」
「あの恥ずかしい話なんですけど、私って許嫁がいなくて。真琴さんが許嫁になってくれたら、すごく頼もしいなって」
千花は、京子さんをにらみつける。
「真琴の許嫁は、私!」
その叫び声に、京子さんはびくりと体を震わせる。
「すみません!許嫁さんがいるとは知らなくて……」
京子さんは、わたわたとしていた。許嫁がいるにもかかわらず、自分が立候補してしまったからだろう。
「今日は、そのデートだったんですか?」
京子さんは、千花に尋ねる。
「記念すべき初デートだったんだ」
千花はなんだか恨みがましい。
たぶん、京子さんと相性が悪いのだろう。
「でも、作者の人と会えて光栄でした。俺、デビューの時からのファンだったんで」
握手してください、と俺は手を差し出した。
京子さんは照れながらも握手してくれた。
京子さんは大柄だからか、手も大きかった。俺の手が包み込まれてしまいそうなほどだ。
「すみません。私って、手も大きくって」
京子さんは、なぜかそれが恥ずかしいようだった。
「いいえ。この手であの小説が生まれているんだから、すごいです」
俺がそういうと、京子さんは顔を赤くした。
耳まで赤くした京子さんは、なんだかとても可愛らしい。うっかり京子さんに見ほれていると、千花が足を踏んできた。
「じろじろみない」
千花は、頬を膨らませていた。
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