第19話

「次は、真琴が好きなところに行きたいな」


 千花は、俺にそう言った。


 今回は俺の買い物は考えていなかったが、それをいったら千花は頬を膨らませた。なにが不満なのかと尋ねると、千花は頬を膨らませて答えない。


「どうしたんだよ……」


 俺は途方に暮れてしまった。


 だが、千花は不機嫌を直そうともしない。


 ぷんぷんと頬を膨らませる、千花。俺は、そんな千花からちょっと離れた。イライラしている女性には近づかないのが、吉のような気がする。


「真琴の人となりをしりたい」


 千花は、そう言った。


「何を好んで、なにが嫌いで、どういうふうになりたいのか、私はそれを知りたい。……真琴のことをまだ何も知らないから」


 千花の言葉に、俺は少し戸惑った。


 なにせ、俺は何かを胸をはってこれが好きとは言えなかったからだ。だが、千花はそんな俺をイライラした様子で見ていた。


 俺は咄嗟に、音楽が好きと答えた。


 ごく普通の趣味だと思う。


「音楽を聞いたらり、本を読んだり、そういうのが俺の趣味かな」


 そう言ったら、千花は笑った。


「そういうのでいいの。そういうことを知りたかった」


 千花の言葉に、俺は委縮してしまう。


「けど、全然特別じゃないだろ。千花みたいに学年主席で将来を夢も決まっていたら、胸もはりやすいのに」


 千花は、またむっとする。


 彼女は腰に手を当てて、俺に注意する。


「そんなの、今の真琴を拒否しているのと同じ。真琴自身であっても、それは許さない」


 俺は、言葉に詰まった。


 自分を卑下するな、と千花は言いたいらしい。


「でも、俺は本当につまらない」


「だから、やめて」


 千花は、人差指を伸ばす。


 その人差指が、俺の唇に触れた。その暖かな感触に、俺は驚く。まるでキスされたような感触だった。


「私、あなたが好きになったの」


 千花は、そう言った。


「好きになった人が自分のことをけなすのは聞きたくない。真琴だって、そうでしょう」


 言われて、俺は想像してみる。


 自己肯定が低い千花を想像してみるが、どうしてもうまくいかなかった。それぐらいに、千花のイメージとは結び付かないことなのだ。だが、確かに千花が自分のことを正しく評価してくれなかったら、それは悔しいと思う。


「……分かった。けど、俺は本当につまらない存在で」


 再び、千花は俺をにらみつける。


「罰をかんがえよう」


 千花は、そう言った。


「罰?」


 俺は聞き返した。


「自分を卑下するたびに、キス一つ」


 千花は、そう言った。


 俺は戸惑った。


「まて、俺たちはまだ手もつないでないのに……」


 たじろぐ俺に、千花は手を差し出した。


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