第16話

 運動会の当日。


 実行委員の亮二は色々と忙しそうにしていた。俺はそれを遠目に眺めながら、自分の出番であるリレーまで体を休めていることにする。


「やったよ!真琴。弾入れで一位」


 マユは、嬉しそうに俺にかけよってきた。


 マユは弾入れに立候補していた。あまり運動神経がよいほうではないので、簡単な協議に出たかったらしい。だが、マユは見事に弾入れで一位をもぎ取ってきた。


「おー、すごい。すごい」


 俺が眉を褒めると彼女は嬉しそうに「えへへ」と微笑んだ。


 次は短距離走で、千花が走る予定になっていた。千花はだぶだぶの体操着を着て、一緒に走る選手たちと一緒に並んでいた。そういえば、千花の運動神経はどうなのだろうか。千花はジャンケンで負けて短距離走の選手になってしまったようだが。


「よーい、どん」


 スタートの合図と共に、全員が走り出す。だが、千花は走り出す瞬間に転んでしまっていた。その後も他の選手よりも圧倒的に遅い足取りで走り出す。


「運動……苦手なんだ」


 転んでしまったせいもあるが、千花の成績はビリ。そのことが悔しいのか、千花は唇を噛んで悔しさをかみしめていた。


 こんなときに、こんなことを思うべきではないかもしれない。


 けれども……けれども、思ってしまう。


 すごく可愛らしい、と。


 悔しがる千花は今まで見たことがない表情で、すごく可愛いと俺は思ってしまった。


 短距離走が終わると昼休憩にはいる。俺たちは、弁当を校庭で食べることになっていた。


「真琴、亮二と一緒にお弁当を食べましょうよ。差し入れも作ってきたの」


 マユは、そう言った。


 俺は千花を視線で探していた。

 

 彼女は、一人で弁当を広げようとしていた。まだクラスに上手くなじめていないようだった。俺はマユに尋ねた。


「なぁ、千花もさそっていいか?」


 俺の言葉に、マユは芝居かかった嫌な顔をした。


「しっかたないな」


 マユはそう言って、俺を見送ってくれた。


 俺は、千花にそっと近づいた。


「千花」


 俺が後ろから声をかけたせいで、千花はびっくりしていた。


「どうしたの」


「よかったら、俺たちと一緒に弁当を食べないか?」


 千花は、その申し出に驚いていた。


「私、許嫁のあなたのことを拒絶したのよ。無理にさそわなくていいのに」


「違うって」


 俺は、首を振った。


「飯はみんなで食べたほうがうまいから、誘っているだけで……変な下心とかないって。それに、俺が頑張れていないのはたしかなことだから」


 千花は眼を細めた。


「それは……嘘」


 千花は、下を向く。


「あなたはリレーの練習を頑張ってた。……私、あなたにひどいことを言ったかもしれない」


「え?」


 俺は、耳柄を疑った。

 

 その時、後ろから亮二がやってきた。


「うわーん、もう運営とか実行委員会とかやりたくない!」


 そんな泣き言をいう亮二は、俺の背中を軽くたたく。


「聞いてくれよ。なんか、全然うまくいかないんだよ。これからもタイムスケジュールは詰まっているのに」


「亮二、とりあえずお弁当食べて落ち着きましょうよ」


 マユが、亮二をなだめる。


「あなたも一緒にお弁当でいいのよね?」


 マユは、千花に尋ねた。


 千花は、おずおずと頷いた。


 マユは、てきぱきとお弁当を広げる。俺と亮二も弁当を持ってきていたけど、マユは俺たち二人がつまんでも間に合うぐあいの量を作ってきてくれていた。


「じゃーん、おいしそうでしょう」


 マユがメインで作ってきてくれたのはサンドイッチだ。たくさんの彩りのよいサンドイッチは、それだけで食欲がそそらせる。デザートのフルーツも豊富で、俺と亮二は勝手知ったるマユの弁当といったふうにつまみはじめた。


「美味い!これ、上手いな」


 俺の言葉に、マユは微笑んだ。


「当然よ。誰が作った弁当だと思ってるの」


「マユのお母さん」


 マユの拳が跳んできた。


 俺は、慣れた様子でそれを避ける。


「本当に、美味しい。癒される……」


 亮二は、そんなことを呟いていた。よっぽど、運動会の運営の疲れがたまっているのだろう。俺としては、まじめな亮二には何かの企画運営はぴったりな仕事だと思うのだが。


「私も食べていいの?」


 千花は、マユに尋ねた。


 マユは頷く。


「……美味しい」


 千花は、そう呟く。


「これ、マユちゃんが作ったんだよね。すごく美味しい」


「ちゃんとかつけなくていいわよ。真琴とかもつけてないし。料理がおいしいのはもちろん!」


 マユは胸をはる。


「私、将来は料理上手な奥さんになりたいんだ」


 マユの言葉に、俺はどきりとした。


 マユが好きなのは、俺だからだ。


「私、料理が上手じゃないから羨ましい……」


 千花が差し出したのは、ぐちゃぐちゃになってしまっている弁当だ。まるで、弁当箱を振ったかのような出来栄えはお世辞にも食欲をそそられる外見ではない。


「でも、まだ高校生だと、これから上手くなればいいんじゃないかな」


 俺はそう言った。


 その言葉に、マユはちょっとむっとしていた。


「ありがとう……。あなた、リレーのでるのよね」


 千花は、俺を見つめる。


「その、応援しているわ。あと……ありがとう。お昼ご飯も誘ってくれて」


 千花の言葉に、俺は笑った。


「誘ったのは気にしないでくれよ。ほら、いつものメンバーで食べるのもなんだし」


 運動会の最後を締めくくるのは、リレーだった。俺は最終走者だったので、自分の番になるまでバトンを待った。俺の番になり、バトンを受け取る。


 俺は懸命に走った。


 視線の端で、マユや千花が応援してくれていた。


 頑張れ、頑張れ、と千花が応援してくれる。


 それだけで、俺はいつまでも走り続けられるようなきがした。


 結果、俺は二位になった。

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