直観探偵荒川さん

功野 涼し

『名探偵荒川』敗北する!?

 荒川 恭介あらかわ きょうすけ、世間一般的に呼ばれている名を恥ずかしげもなく名乗るなら、俺は『名探偵荒川』だ。

 どんな事件も解決すると巷で噂されている俺だからこそ名乗れる『名探偵』の肩書。


「どうすれば、そんな凄い推理が出来るようになりますか?」


 事件を解決した後によく聞かれる質問の一つだ。


 推理は細かな変化、違和感に気付く観察眼を中心に訓練することで、素人でもある程度出来るようになる。


 後は、相手の話を丁寧に聞きながらも鵜呑みにしない。先入観は推理力を鈍らせる。そして他には相手の言葉を引き出し、ときには崩す巧みな話術。

 それに加え、情報収集能力とそこから必要なものを選別し、まとめる力。


 これらのことから知り得た事象の真偽を見抜き、小さな事実を導き出す。その小さな事実の点を、他の点と結ぶ糸口を見付け丁寧に、ときには強引に結んで、真実のシルエットを作り出す。


 シルエットはいわば虚像。


 ぼんやりとした事実は真実ではない。


 俺の推理により80点の答えを導き出したこのシルエットを鮮明に見せ、相手を揺さぶり、残りの20点と答え合わせを本人にやってもらう。

 最後はどうすればいいとかではなく、経験によるタイミングと自分の感性を信じてハッタリでもいいから押しきる。


 これが『名探偵荒川』の全てである。


 難しい? まあ誰でも出来たら俺の立つ瀬がない。これが出来るから俺は名探偵なんだ。


 そして今宵も俺はあるホテルの一角で80点の推理を披露し、相手を揺さぶっている最中だ。



 * *



緑山みどりやまさん。あなたは先程、凶器はこのアイスピックだとおっしゃっていましたよね。それだとおかしいんですよ」


「な、なにがおかしい。私が被害者を発見したとき、胸にアイスピックが刺さっていたから凶器がアイスピックだって、そう思うのは自然だろ!」


「いえね、確かアイスピックが胸に刺さっている被害者の女性を発見してすぐ、緑山さん、あなたは救急車を呼ばずに警察に連絡し『で刺された人が死んでいる』と、そう断言したらしいじゃないですか」


 自信たっぷりにいっているが「俺は全て知ってるぜ」って見せ掛け、相手を揺さぶり自ら吐かせようとしているだけだ。


 実際は警察の人に聞いた話しか知らない。だって名探偵だからって現場検証とかさせてもらえないし、そもそもやり方も知らない。


 今俺が話している緑山さんに「それだとおかしいんですよ」とか言っちゃってるけど救急車を呼ばなくて、警察を呼んだからって怪しいってわけがない。寧ろちゃんと呼んでくれてありがとうというべきだ。


 それにだれだって胸にアイスピック刺さって倒れていたら死んでるって思うだろ。


 実際俺だって思うし。


 我ながら強引ではあるが、最後のピースを自ら吐かせ、犯人が自らやったと言わせるのが目的だ。


 ここでちょいと揺さぶる。


「死因がアイスピックでなく、後頭部の打撲によるものだとしたら?」


 俺の思わせぶりな言い方と、あえて正面ではなく斜め45度くらいの角度から鋭く一瞥いちべつすると、緑山さんが焦り始める。


 汗のかき方が尋常ではない。動揺し過ぎて逆に心配になってしまう。


 だが、もう一押しだ。ここで真実を小難しく、専門用語を交え突き付ける。あえて難しく言うことで、こいつスゲーと思わせるのだ。


「いいですか緑山さん。アイスピックが胸に刺さり、それが原因で倒れる最中、このソファーの肘掛けに頭を打った。

 これだとおかしいんですよ。自重で倒れたときに出来る挫傷だと、頭は面で肘掛けを受け、傷は大きく広がります。ですがこの被害者は、頭蓋骨まで肘掛けの角が到達し、陥没している。これは外からなにか別の力が働いた。

 たとえば無理矢理押したとかね?」


 捲し立てるようにちょっと早口で身を乗り出し圧を掛けつつ放った、小難しそうな言葉と、文章量の多さに緑山さんは、盛大に焦る焦る。


 ここで俺のがダメ押しをしろと囁く。


「それと……これを見てください。あなたはこの被害者を知らない、そうおっしゃいましたよね?」


 俺はポケットから一枚の写真を取り出す。そこには被害者の女性と、緑山さんがホテル街を一緒に歩く姿が写っている写真だ。


 これを見て緑山さんは観念したような表情を浮かべ項垂れる。


 そしておもむろに口を開け自ら語り出す。


「はい、私がやりました……実は──」


 最初はポツポツと、後はときに感情的に、ときに後悔と相手への念をまき散らしながら。


 お分かりいただけただろうか? 最後は犯人が自らの罪を認め、トリックを暴露しているだけである。


 勿論ここに至るまで、論理的思考の元に推理はしているが、俺は相手を揺さぶり、警察が集めた情報を提示しただけだ。


 * *


 薄暗いバーのカウンターの隅で、チビチビとお酒を飲む俺の隣には、今回の事件で知り合った女性がいる。名を春原明子はるはらめいこという。


「荒川さんの推理、噂通りすごかったわ。私痺れちゃった」


 そう言いながら明子が俺の肩に寄りかかる。その顔が赤いのは酒のせいではないだろう。


 これは必勝パターンに入った! キタコレ!? である。


 こんな時にも論理的思考は武器になる、いや武器っていうより、ある意味凶器だなこれ。


 今は俺の持つ何十種とある女性を落とす手段のなかから、どれを使うか悩むだけである。


 ウッキ、ウッキである。

 

 そっと寄りかかる明子を、引き寄せようとしたき、カウンターの上に置いてあった俺のスマホが震え光を放つ。バイブにしていたスマホがカウンターで光を放ち、自らの振動で動く様を見て俺の中で危険信号が灯る。


 一気に酔いが覚めた俺たちは、妙に正しい姿勢で座ると、俺はスマホに表示されているメッセージをそっと見る。


「ごめん仕事が入った。また事件らしい。

 この埋め合わせはするから、さっき交換した連絡先にいつでも連絡して」


「仕事なら仕方ないわね。頑張ってね、名探偵さん。応援してるっ」


 明子が少し名残惜しそうに俺を見るが、ここは余裕を見せつつスマートに帰る。

 俺はこれまたスマートに支払いを済ませて、余裕の笑みを見せ外へ向かう。


 ダンディな笑みを浮かべているであろう俺は、バーの外に出た瞬間全力で走り、タクシーを見つけ拾うと事件現場へと向かうよりも早く、急いで家へと帰るのだ。



 * *



 家の玄関の前に立ち服装を整え、髪を整え小さく深呼吸をすると、いつも通りを心掛け玄関の扉をそっと開ける。


「ただいま。いやあ、ごめんごめん。今日は早く帰るって言ってたの忘れてないよ。

 仕事は早く終わったんだけどさ、事件解決したお礼の打ち上げだー! って刑事さんが誘ってくれてさ。断りにくくてもういやになっちゃうよな」


 玄関を開けてすぐに俺を出迎えに来てくれた妻 智世子ちよこに弁明をしておく。先制攻撃による論理的思考を与えない話術だ!


 そんな俺をじっと見てすぐに智世子が右手を広げ、クイクイっと手を動かし俺になにか渡せと要求してくる。何をしていいか分からず目を見ると、智世子は一言。


「スマホ貸して」


「え? スマホ……ま、まあいいけどなんで」


 惚ける俺に対して、ふう~っと大きなため息をついた智世子が、無表情で理由を教えてくれる。


「どっかで女の人と飲んでいたでしょ。それで連絡先交換して、また会う約束した」


「……」


 黙ってやり過ごそうとする俺を逃がしてはくれず、更なる追い討ちが智世子から繰り出される。


「見た瞬間分かるの。あなたみたいに推理がどうとか、論理的思考がどうとか分かんないけど、あなたに関しては私は見ただけで全て分かるの! 分かったらスマホ出す! 今なら正直話せば許さないこともない」


「はひ……私が悪かったです。実は──」


 探偵荒川さん登場である。

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直観探偵荒川さん 功野 涼し @sabazukikouno

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