3月、雪、図書室のひみつ

綾瀬七重

3月、雪、図書室のひみつ

明日で3月。

明日で卒業。

明日で離ればなれ。


2月28日、藍は自由登校で人のいない時間に図書室に来た。

ある、「かくしごと」をするために。

図書委員の後輩には迷惑千万な話だろうが、卒業生の最後のお願いということで許してもらおう。

藍はわ行、た行、さ行…12冊のある本を抜き取って、順に並べていく。最後のさ行の本に少しわかりやすいようにメッセージカードを挟んだ。

君は、きっと最後に図書室にやってくる。

図書室は藍にとっても、校内で1番思い出の詰まった場所。

もし君が私と同じ気持ちなら、ここへくる。

藍は信じていた。


3月1日。卒業式。3月に異例の積雪。

旬は卒業式の答辞をそつなくこなし普通に卒業した。仲のいい友達たちとの別れを惜しみ、夜また集まることを約束してそれぞれ一旦帰路に着いた。

幼馴染の藍も親がいたので明日お祝いをする約束をして別れた。藍の家は旬も一緒に夕食をどうだ、と誘ってくれたが藍の両親が揃うことも久しぶりなので旬は遠慮した。

旬は答辞を読む生徒でありながら父兄の参加は誰もいなかった。

1人になってどこに行こうかと考えた時、ひとつしか浮かばなかった。

図書室。

だが図書室に行ったところでなにもすることがない。時間もあるしせめて最後にお気に入りの本を読むことにした。旬にとって本を読む時間とは藍と一緒に過ごす時間だった。子供の頃からそうだった。

本を探し始める。あ行、お気に入りの本はなかった。か行、ここにもお気に入りの本がない。2人で読んでいた本がさ行にもた行にもない。

ここまで来るとムキになって必死に探し出す。

ついにわ行まで到達してしまい、もう諦めかけた時だった。

「本が並べ変えれてる」

思わず声に出た。

今まで見つからなかった2人のお気に入りの本たちが全て1列に並んでいた。

最初はなぜかわからなかった。そのうち直感で藍の仕業だと思った。

旬の記憶を辿っていくうちに思い出した。

中学の卒業式の時も藍と卒業式の翌日に会う約束をした。藍に図書室に行ったのかと聞かれた。

卒業式の後に図書室に行って欲しいと藍に言われて約束していた。

だがその日旬は図書室に行けなかった。

久しぶりに親ふたりが揃って友達たちと大騒ぎになりいつの間にか忘れてしまっていた。

あとから藍にさんざん詫びたがその後当分口を聞いて貰えず喧嘩になりかけた。

図書室は小学校、中学、高校共に藍と一緒に過ごした特別な場所だった。

不思議なことにほとんど2人がクラスが同じだったことはなかった。1、2回程度。それでもずっと仲が良かったのはどちらかが図書係だったり好きな本が同じだったからだった。

そんなことを思い出しながら本をボーッと眺めていると本のタイトルの頭文字が繋がって見える。

口に出して読んでみた。

「わたし、はあなたがすき、です」

その言葉を理解するまで時間がかかった。

私はあなたが好きです。

ただ驚いた。藍からのメッセージだった。

最後の「す」からタイトルが始まる本にメッセージカードが挟まっていた。

メッセージカードを見てみると藍の字で

「2度目の告白です。私は旬が好きです。大好きです。一緒に過ごした日々がとても大切でこれからも一緒に居たいです。例え離ればなれになっても。藍」

そう書かれていた。


卒業式を終えて藍は信じていたものの非常に心配になってきた。中学の卒業式の事があるからだ。

7時。いつの間にか雪は止んでいた。

旬がメッセージカードを見たなら連絡が来てもおかしくないのに来ない。正直に言って藍はイライラし始めていた。

ケータイのバイブにいちいち反応する。

電話をして聞き出したいような気もしなくない。

中学の時はどきどきしたがやむを得ず2度目の告白になったためあの時よりどきどきと言うよりかハラハラが勝っていた。

しかしこれから藍の家も離婚した両親が2人揃って夕食をする貴重な時間を迎える。

どうしようか。そう藍が悩んでいた頃だった。

電話がなる。ぱっと画面を見ると旬だった。

ふとここへ来て急にフラれるかもしれないと思い出す。大丈夫。藍はそう言い聞かせて深呼吸をして電話に出た。

「もしもし」

「藍?今、大丈夫?」

「大丈夫。それより…図書室行った?」

藍の問いかけに旬が少し沈黙する。藍の緊張は最高潮に達している。

「行った」

少し間を開けて旬が答えた。

行った。そして少し間が空いた。これは見た、ということを示している。

「…返事は?」

藍が恐る恐る聞く。

「今、家少し出られる?」

旬も心を決めて返事をしたようだった。

「分かった。公園向かうね」

藍は両親に少し出る旨を伝えて家を出た。


珍しく藍の声が震えていた。

旬まで緊張する。旬の返事はもう決まっていた。

「旬!」

藍の声が響いた。息を切らして走ってくる。全速力。雪に気をつけながらも走る藍に思わず旬は吹き出した。

緊張が最高潮の藍はムッとして言う。

「なんで笑うのよ!」

旬ははあはあと息を切らしながら怒る藍に笑ってしまう。

「そんなに急がなくても」

「こっちは2度目なの!1度目はお預けなの!返事、今度は聞かせて」

藍の眼差しが真剣な目に変わった。

旬もそれに答えるように藍を真っ直ぐみる。

「答えは決まってた。俺も好きです。付き合ってください」

旬の声は穏やかで真っ直ぐ藍に届いた。

藍はやっと想いが通じた事に微笑みながら泣いた。

そして藍の返事がした。旬の知る最高の笑顔で。

「はい!」

雪が少し積もって桜が咲き誇る公園で。




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3月、雪、図書室のひみつ 綾瀬七重 @natu_sa3

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